Oasis

イングランドのマンチェスター出身のロックバンド。当初、ボーンヘッド、ギグシー、トニーらが全身バンド「The Rain」を結成。1991年、リアムが加入し「Oasis」となる。1994年、シングル「Supersonic」でデビュー。アルバム「Definitely Maybe」を発売、英国で初登場1位のヒットとなり、アルバム最速売り上げを記録。その後も数々の楽曲をチャートの1位に送り込み、英国を代表するロックバンドとなる。美しく壮大なメロディーで、バンドの核となるギャラガー兄弟の溺愛する「ビートルズ」の影響も色濃く現れている。
メンバー編成が激しく、発言もまたスキャンダラスなものが多いことからも、注目を集めている。

投稿者 news : 2006年12月25日 15:12 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

BUMP OF CHICKEN

1996年幼稚園からの幼なじみで結成。1999年ファーストアルバム「FLAME VEIN」をリリースし活動を本格化する。2000年「ダイヤモンド」でメジャーデビュー、翌2001年「天体観測」がヒットし、日本のロックシーンを背負って立つ存在となった。中でも作詞・作詞・ボーカルをつとめる藤原基央の存在感は大きく、このバンドを支えているといっても過言ではない。テレビへの出演は少ないがファンは多い。また発表曲も極端に少ないが、アルバムの中一曲一曲にいたり精錬されており多くのファンから大事にされている。

投稿者 news : 2006年12月14日 11:35 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Chick Corea

1941年、アメリカ マサチューセッツ州出身のピアニスト・作曲家。
ジャズ・トランペッターである父親の影響を受け、4歳からピアノを始める。高校卒業後はジュリアード音楽院に進学。
その後、マイルス・デイビスなどとの共演を経て実力を上げていく。
1970年、アンソニー・ブラクストンと組み、Circleを結成。
1971年、アル・ディメオラ(ギター)、スタンリー・クラーク(ベース)と共にジャズバンドReturn To Foreverを結成。数々の名曲を生み出し、トップアーティストとしての地位を確立する。特に、チックの作曲した「Spain」は彼の代表作であり、現在でもジャズのスタンダードナンバーとして非常に多くのミュージシャンがカバー・演奏している。楽譜もジャズバンド、ギター、ピアノ用など数々のバージョンがある。
その後も、チック・コリア・エレクトリックバンドやオリジンなど、ソロ活動以外にも精力的なバンド活動を展開する。
自身の音楽も、ラテン色の強いフュージョン、ロックを基調にしたジャズ、クラシック・テイストを含んだジャズと幅広く変容していき、現在はフュージョンに複雑にアレンジした楽節を融合させた新しいサウンドを発表。また、変拍子を駆使した楽曲も多く、熟練の妙技を見せつけている。
楽曲は『ListenJapan』等の音楽配信サイトで試聴可能。

投稿者 news : 2006年12月12日 12:11 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Sony Rollins

ニューヨーク出身のジャズ・テナーサックス奏者。マイルス・デイビスをはじめとして「ジャズの巨人(ジャズ・ジャイアント)」と称えられる中の最後の一人である。
11歳の頃からアルトサックスとピアノを始め、高校時代にテナーサックスに転向。プロとして活動をするようになる。
ロリンズは引退までに2度失踪し活動を休止している。いずれも"自分の音楽を見つめなおす為"の期間であり、その間は人気のない橋の下などで練習に励んでいた。
復帰第1作目の「橋」は、自信に満ち溢れた新しい彼の音が聴ける作品である。
その他にも「サキソファン・コロッサス」「ウェイ・アウト・ウエスト」「ニュークス・タイム」など数々の名盤を残した。70年代にはフュージョンを織り交ぜた演奏も行い、新たな客層も惹きつけた。
2005年、最愛のルシール夫人の死去をきっかけに引退。ラストライブは大阪の厚生年金会館で行われた。

投稿者 news : 2006年12月06日 17:24 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Keith Jarrett

1945年、アメリカ・ペンシルバニア州生まれのジャズ・クラシックピアニスト。
3歳からピアノを学び、7歳の時には既に地元で自作曲のリサイタルを開くほどの腕前だった。
1970年、マイルス・デイビスのバンドに参加。オルガンやエレクトリックピアノを主に担当した。
バンド脱退後は楽譜なしの完全即興ピアノ・ソロ・コンサートを数多くこなし、その完成度の高さで地位を確立。
1983年にゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットとトリオを結成。このトリオはジャズ・グループとしては珍しく20年以上にわたって活動を続けている。
90年代後半から、病気の為活動を休止していたが、2000年頃から再開した。
クラシックに関しては、バッハやヘンデルといったバロック期の作品や、モーツァルト、ショスタコーヴィチの作品を演奏した。
中腰でピアノと向かい合い、時には取り憑かれたような唸り声を発する演奏姿が特徴的。

投稿者 news : 2006年12月06日 16:08 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Herbie Hancock

1940年、アメリカ・イリノイ州出身のジャズピアニスト・キーボーディスト。
7歳の時にピアノを始め、わずか11歳で地元シカゴの交響楽団とモーツァルトのピアノ協奏曲で共演した。
1962年にブルーノートから初リーダー作品「Takin' Off」を発表。その中に収録された「WATERMELON MAN」が大ヒットした。
翌年からマイルス・デイビスのクインテットに参加、数々のアルバムに貢献する。
1970年代からは、電子楽器を取り入れ、ポップス・ジャズ・フュージョンが融合する斬新なエレクトリックな楽曲も世に送リ出した。
独自の理論解釈で緊張感のあるサウンドを生み出し、多くの傑作を生み出した。
天才ジャズ・ミュージシャンとフランス人の友情を描いた映画『ラウンド・ミッドナイト』で音楽を担当。アカデミー作曲賞を獲得。また、ハンコックはこの映画にミュージシャンの一人として出演している。
親日家としても有名で、頻繁に来日している。1996年に河口湖で開催されたジャズフェスティバル
にもゲスト参加した。
ピアノソロなどの楽譜も多数出版されている。

投稿者 news : 2006年12月06日 15:40 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Thelonious Monk

叩くようなタッチと不協和音、独特な間のあるリズムを刻む演奏をする超個性派のジャズ・ピアニスト・作曲家。
1917年、アメリカのノース・キャロライナ州で生まれ、その後まもなくニューヨークへ移住。
既に習っていた姉の影響で6歳の頃からピアノを弾き始めた。
学生時代は、教会でのオルガン弾きやパーティでのピアノ弾きなどを請け負っていた。
高校中退後、福音伝道者と共に全米を回った後、ニューヨークに戻りジャズ・ピアニストとして活動し始める。・
その頃から「Straight No Chacer」など多くの名曲を生み出したが、異端だった彼のピアノはなかなか人々に受け入れられなかった。
それでも徐々にその名を広めていき、1956年、ジャズ史に残る名盤「bulliant corners」で高い評判と人気を得た。
1961年、ついにメジャーレーベルと契約し、ジャズ界の巨匠として国内のみならず海外でも活躍した。
しかし、以前から患っていた精神病の悪化が止まらず、1982年に脳内出血で死去するまでの数年間は誰とも口を利かずに過ごしたという。
1998年、フレッド・ハーシュが「セロニアス~モンクに捧ぐ」と題したカバーアルバムを発表した。
2007年には「セロニアス・モンク・イン・イタリー」が発売される。

投稿者 news : 2006年12月06日 14:59 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Duke Ellington

20世紀のアメリカを代表するジャズピアニスト・オーケストラリーダー・作曲家。
1899年、アメリカのワシントンD.Cでホワイトハウスの執事の息子として生まれる。
小学校時代からピアノを始め、1916年、ピアニストとしてデビュー。
その後、ニューヨーク・マンハッタンのジャズクラブ『コットン・クラブ』とバンド契約し活躍した。
1930年代から、現代のスタンダードナンバーとして有名な「A列車で行こう」「スイングしなけりゃ意味ないね」「サテン・ドール」など数々の名曲を生み出し、デューク・エリントン楽団は世界中で成功を収めた。
彼が影響を与えたアーティストも数多く、その中の一人であるスティーヴィー・ワンダーは彼に捧げた「Sur Duke」という曲を残している。

投稿者 news : 2006年12月06日 12:45 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Elisha La'Verne

1971年、イギリスで生まれた。父親はドミニカ人、母親はバルバドス人。
幼い頃からブラックミュージックを聴いて育ち、学生時代は様々なバンドグループで音楽活動する。
『踊る大捜査線』主題歌「Love Somebody」で織田裕二と共演し日本でも有名なマキシ・プリーストの目に留まり、1994年にマキシの持つレーベルDUGOUTから「I Like What You Do To Me」をリリース。これがロンドンを中心にヒットし、日本でも注目を集める。
また、同曲を手に入れたavexのA&Rディレクターが手に入れ、エリーシャの日本進出が本格的に始まった。
1996年、デビューアルバム「Her Name Is...」をリリース、大ヒットを収めた。
その後も数々のヒット曲を生み出し、日・英・米の三カ国に渡って人気を集める。

投稿者 news : 2006年12月05日 15:30 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Kylie Minogue

1968年、オーストラリア メルボルン生まれ。
11歳から女優として活動。
19歳の時、「オーストラリアで最も人気のある女優賞」を受賞した。
同じ頃、「The Locomotion」のカバーで歌手デビュー。この曲がオーストラリアで7週連続1位という記録を達成し、全米でも80年代のセールスTOP5に入る大ヒット曲となった。
イギリスのレーベルPWLレコーズと契約し、「Lucky Love」で全英デビュー。これも全英5週連続1位を獲得、日本でも洋楽チャート12週連続1位となるなど10カ国でナンバーワンを達成。記録的大ヒットとなる。
自ら曲作りに参加したいという希望を叶える為、レコード会社を移籍。しかし、人気は一時期低迷した。
2000年、新たにEMIと契約し、それまでの彼女とは違う大人の魅力を引き出したアルバム「Light Years」を発表。全英チャート1位を獲得し、見事な復活を遂げる。
2005年に乳癌が発覚したが、早期発見だったこともあり半年で治療に成功した。

投稿者 news : 2006年12月05日 14:53 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Stevie Wonder

1950年、アメリカミシガン州で生まれた黒人アーティスト。保育器内の過量酸素が原因で、生後まもなく失明。
1961年、モータウン社長の前で歌い演奏したことがきっかけでレーベル契約し、その2年後、12歳にしてデビュー。全米でヒットし、一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。
クラビネットを演奏することが多いが、シンセサイザーやピアノなど鍵盤楽器の他、ドラムやギターも演奏するマルチプレイヤーである。
1970年、モータウンの元秘書で歌手のシリータ・ライトと結婚するも、1972年に離婚。
1973年、交通事故に遭い、味覚と嗅覚を失う。懸命なリハビリを経て、ほぼ完全に回復。
その後、慈善活動や平和活動に力を注ぐようになり、公民権運動指導者マーチン・ルーサー・キング牧師に敬意を表した曲なども発表した。
日本でもCMソングに彼の曲が使われることは多く、トヨタ・ノアのCMに「Sir Duke」、TDKのCMに「心の愛」、キリン・FIREのCMに「To Feel the Fire」など。

投稿者 news : 2006年12月05日 12:45 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Wes Montgomery

1923年、アメリカインディアナ州出身のジャズ・ギタリスト。
ハイスクール時代に兄に4弦ギターを買ってもらったのがギターとの出会いである。
20歳の頃は生活費のために地元のライブハウス等で音楽活動をした。
1948年、ライオネル・ハンプトン楽団に参加するも、1950年に退団。
1959年にジャズ・サックス奏者キャノンボール・アダレイと競演しブレイクした。
60年代には自身のリーダー・アルバムもコンスタントに発表。
1967年「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」からイージー・リスニング風の演奏に転向し、さらなる人気を集めた。
しかし翌年、死去。死因は心臓病説・ドラッグ説・過労説などがあるが真相は明かされいない。
ピックを使わず右手の親指で弾く特徴的なプレイと、オクターブ奏法を多用しジャズ・ギターの代名詞にまでした彼のスタイルは、ジャズ・ギターの礎を築き上げた。

投稿者 news : 2006年11月29日 18:50 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Bill Evans

1929年、アメリカニュージャージー州生まれのジャズピアニスト。
父の影響で幼い頃からピアノ・フルート・ヴァイオリンを学び、10歳でモーツァルトを弾きこなしていた。
1956年に初のリーダー・アルバム「New Jazz Conception」を発表。
1958年にマイルス・デイビスのバンドに参加し、当時マイルスが生み出したばかりのモードの手法を互いに高めあっていった。しかし、他のバンドメンバーは白人であるビルを認めず差別した態度をとり、彼は1年でバンドを去った。
1959年、ビルはマイルスに呼び戻され、歴史的傑作「カインド・オブ・ブルー」を生み出した。
その後、彼は自分のピアノ・トリオを結成。特にベースのスコット・ラファロとは相性がよく、このトリオがビルの絶頂期となった。
ベストパートナー スコットの死の後、彼はリズム無し、ギターと1対1の共演作品やピアノ・ソロの追及をする。
しかし、元妻や兄の自殺に追い詰められれ、もともと使用していた麻薬にさらに溺れた。
1980年、クラブ・ファッツ・チューズデイでの演奏中に倒れ、亡くなった。

投稿者 news : 2006年11月29日 17:13 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Larry Carlton

1948年、アメリカカルフォルニア州出身。
ジャズ・フュージョン界を代表するギタリスト。彼の愛用ギター、ギブソンES-335から“Mr.335”のあだ名を持つ。
6歳からギターを始め、B.B.キングやジョン・コルトレーンの影響でジャズを演奏するようになる。
1971年から1976年まで、ジャズ・ロックグループ クルセイダーズに参加。
1977年にはワーナー・ブラザーズ・レコードと契約し、1984年までに「夜の彷徨い」など6枚のソロアルバムを発表した。その楽曲と演奏に対し、4つのグラミー賞を受賞している。
MCAレコードと契約した1985年から1990年の間はソロ活動を行う。
アルバム「On Solid Ground」製作中に銃撃を受け、声帯と精神に大きな傷を負ったが、徹底的な治療と強い精神力で、アルバムを完成させた。
1997年にジャズグループ フォープレイに参加し、新しいフォープレイの音楽を確立させた。

投稿者 news : 2006年11月29日 13:54 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Ray Charles

1930年、ジョージア州出身のピアニスト・R&B歌手。
6歳のときに緑内障により失明。
ゴスペル音楽と世俗的な音楽の融合という新しいスタイルを生み出し、一部に批判されながらも後に数多くのアーティストに影響を与える偉大なミュージシャンとなった。
一方で彼は、目が見えないというハンディからくる膨大なストレスのために、ヘロインなどの麻薬に手を出し、17年の間常用し続けた麻薬中毒者でもあった。1965年に3度目の逮捕の後、更正施設に入り、ヘロインを絶つことに成功した。
1979年、代表曲「Georgia On My Mind(わが心のジョージア)」はジョージア州の正式な州歌になった。
2004年、レイ・チャールズ伝記映画「RAY」の完成直後、公開を待たずに亡くなった。

投稿者 news : 2006年11月22日 15:18 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Quincy Jones

1933年、イリノイ州シカゴ出身の作曲家・音楽プロデューサー。
少年時代からトランペットを学ぶ。
転居したワシントン州で盲目のピアニスト少年レイ・チャールズと知り合い、バンド活動を始める。
大学卒業後、トランペッターとして参加した楽団でアレンジャーとしての才能を見出され、デューク・エリントン、サラ・ヴォーンら多くのジャズシンガーのアレンジを手がけた。
1957年からはパリで作曲・音楽理論などを学び、ヨーロッパで多くのビッグバンドを成功させた。同時に映画音楽の分野にも踏み出した。
1960年代からプロデューサーとして本格的に活動し始め、マイルス・デイビスやフランク・シナトラらの数多くのヒット曲を生み出した。
マイケル・ジャクソンの「スリラー」や、アメリカのトップスターが集結してできたチャリティー曲「ウィー・アー・ザ・ワールド」、自身のヒット曲「愛のコリーダ」などは日本でも有名である。
2003年、2枚組みの「“Q” 生誕70周年記念ベスト」が発売された。
ちなみにジブリ映画の音楽で有名な久石譲はクインシーの大ファンで、芸名を彼の名から取った。

投稿者 news : 2006年11月22日 14:51 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

DES'REE

黒人女性シンガー。
1992年にアルバム「Mind Adventures」でデビューした。
彼女の名が多くの人に知られるようになったのは、1994年のセカンドアルバム「I Ain't Movin'」リリース以降である。彼女の力強くも柔らかい歌声の魅力が存分に味わえる作品となり、このアルバムに収録されている「You Gotta Be」は彼女の代表作になった。
日本では映画『ロミオ&ジュリエット』(1996)で歌われた「I'm kissing you」や、TBS系ドラマ「To Heart~恋して死にたい』のオープニング曲として「Life」がよく知られている。

投稿者 news : 2006年11月22日 14:28 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

FOURPLAY

ボブ・ジェームス(Key)、リー・リトナー(Gt)、ハーヴィ・メイソン(Ba、Vo)、ネーザン・イースト(Drs)の4人によって1991年結成されたスムースジャズバンド。現在のGtはラリー・カールトンに交代。
それぞれがスーパー・ミュージシャンとして確立された地位を築いている。
デビュー作「フォープレイ」、はビルボード誌コンテンポラリー・ジャズ・チャート33週連続1位を記録した。
1995年にリリースされた「エリクシール」は、同ランキングで92週連続1位という快挙を成し遂げた。
2006年に通算10作目となる「X(ten)」をリリースした。

投稿者 news : 2006年11月22日 12:12 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

RAMONES(ラモーンズ)

1974年にニューヨークで結成された、アメリカのパンク・ロック・バンド。
ニューヨーク・パンクの先駆者であり、ロンドン・パンク・シーンに計り知れない影響を与えた。
1976年に『ラモーンズの激情』("The Ramones")でアルバムデビュー。
その音楽はデビューから解散まで一貫しており、シンプルでキャッチーなメロディーの短い曲ばかりをアルバム1枚に15曲程収めた。
コードは3~4個、ギター及びドラムのリズムは8ビート中心と極めてシンプルな編成の曲をスピーディーに演奏した。
21枚のアルバムを残して1996年に解散。
初期のアルバム3枚はロックの歴史に残る名盤である。
2002年3月18日にロックの殿堂入りを果たした。

<初期メンバー>
・ジョニー・ラモーン(本名:ジョン・カミングス、1951年10月8日~2004年9月15日)-ギター
・ジョーイ・ラモーン(本名:ジェフリー・ハイマン、1951年5月19日~2001年4月15日)-ボーカル
・ディー・ディー・ラモーン(本名:ダグラス・コルヴィン、1952年9月18日~2002年6月5日)-ベース(初代)
・トミー・ラモーン(本名:トマス・アーデライ、1952年1月29日~)-ドラム(初代)

<途中参加メンバー>
・マーキー・ラモーン(本名:マーキー・ベル、1956年7月15日~)-ドラム(二代目、四代目)
・リッチー・ラモーン(本名:リチャード・レインハード、1942年6月27日~)-ドラム(三代目)
・C・J・ラモーン(本名:クリストファー・ジョン・ウォード、1942年6月27日~)-ベース(二代目)

投稿者 news : 2006年09月21日 18:32 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Kelly Clarkson(ケリークラークソン)

1982年4月24日テキサス州生まれ。
2002年にアメリカの人気オーディション番組『アメリカンアイドル』の最初のシーズンで優勝したアメリカ人歌手である。
オーディション終了直後にデビューシングル「A Moment Like This」が全米シングルチャート(ビルボード)で初登場52位から翌週いきなり1位になり、歴史を塗り替えた。
2003年デビューアルバム「Thankful」は全米アルバムチャート初登場1位を記録した。
2004年にセカンドアルバム「Breakaway」を発売し、ジャンルをロックへと方向転換したが成功を収め、
2006年には第48回グラミー賞で最優秀女性ポップ・ヴォ―カル・パフォーマンスにシングル「Since U Been Gone」、最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムにアルバム「Breakaway」が選ばれグラミーニ冠を達成した。
また、アルバム「Breakaway」の全世界セールスが1,000万枚突破し、全米では61週連続ビルボードチャートでTOP20入りするなど、今後も彼女の活躍に期待したい。

投稿者 news : 2006年09月21日 15:20 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

The Clash(クラッシュ)

1970年代にパンク・ロックで若者たちを先導した音楽グループ。
Sex Pistols(セックス・ピストルズ)、The Damned(ダムド)とともに3大パンクと呼ばれる。
彼らのファッションや発言は当時リーダー的なものとなった。セックス・ピストルズがプロデュースされたグループであるのに対して、彼らは自然発生的に結成された。なお、労働階級出身者の多いパンクバンドの中では珍しい中産階級出身のバンドである。1st、2ndアルバムは音楽的にパンク色の強いものであったが、徐々にレゲエやダブ、ロカビリーといった様々な類の音楽も取り入れるようになる。
しかし、メンバーの入れ替えもあり、賛否両論が生まれる。ジョー・ストラマーは若者の代弁者たるべく、怒りをエネルギーとしようとした。それに対し、ミック・ジョーンズはロックスターを目指すことになる。そのジレンマに苦しんだリーダーのジョー・ストラマーは最後にはグループを解散する。
ジョー・ストラマーはソロとして活動したが、2002年12月22日にサマセット州ブルームフィールドにある自宅で心臓発作で死去。

投稿者 news : 2006年09月19日 18:52 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Sex Pistols(セックス・ピストルズ)

イギリスのパンク・ロックバンド(1975-1978年)。
The Clash(クラッシュ)、The Damned(ダムド)とともに3大パンクと呼ばれる。
1970年代のロックミュージックシーンは、プログレッシブ・ロックなどに代表される演奏テクニックや理論を重視する音楽に支配されていた。
その姿勢に対しての不満が頂点に達した頃、ロンドンのキングスロードでヴィヴィアン・ウエストウッドデザインの服を売る小さなブティック『SEX』を経営していたマルコム・マクラレンが、『SEX』に出入りしていたスティーヴ・ジョーンズ(ギター)、ポール・クック(ドラムス)、ジョニー・ロットン(ボーカル)と、ブティックの従業員であったグレン・マトロック(ベース)の4人を反社会的なロックバンドとして結成させた。というポップス界の伝説もあるが、実際はポールとスティーブなどの何人かがすでにバンドを結成しており、グレンがマルコムの店で働いていたためにマルコムと関係するようになった。
マルコム・マクラレンはアメリカで末期ニューヨーク・ドールズのマネージャーを務めるなど、ニューヨーク・パンクのムーブメントに触れており、パンク・ロックをイギリスで流行させようと目論んでいた。
テクニックや音楽理論を必要としないシンプルで攻撃的な演奏、大手音楽レーベルや政府、ロイヤルファミリーまでを標的にした歌詞、古くなって破れた洋服を安全ピンで留めるファッション(当時はアンチ・ファッションとしていたが、後にそれがファッションとして形づけられた)、短くカットされツンツンに立てられたヘア・スタイル、雑誌のインタビューでは"SHIT,FUCK"を連発する人を馬鹿にしたような態度など、このバンドの権力や体制に反抗的な態度は、不満を抱えた労働者階級の若者たちを次々と駆り立てる結果となり、ついにイギリスでは放送禁止令まで受けてしまうが、彼らは世界中の若者たちにとっては反抗を肯定してくれる存在だった。
のちにグレン・マトロックはビートルズ、ポール・マッカートニーが好きであると公言したことを理由としてマルコム・マクラレンに脱退させられ、代わりにセックス・ピストルズの熱狂的なファンであったシド・ヴィシャスが加入する。
1977年10月、ファーストアルバム『Never Mind the Bollocks』を発売。
1978年1月14日、初のアメリカツアーの最中(ロサンジェルス、ウインターランド公演後)に、ジョニー・ロットンがバンドを脱退。実質上の解散となる。

投稿者 news : 2006年09月19日 18:43 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Billy Joel(ビリー・ジョエル)

1949年5月9日、アメリカのニューヨーク州サウス・ブロンクスに生まれる。
本名ウィリアム・マーティン・ジョエル(William Martin Joel)。
ロック歌手、ピアニスト、作曲家…多彩な才能を持ち、
'70年代から今日にかけて幅広い世代から愛され続けている。

1971年にソロ・デビューし、「ピアノマン」(1973年)によって知名度を広め、
「ストレンジャー」(1977年)、「ニューヨーク52番街」(1978年)、
「イノセント・マン」(1983年)などの大ヒットによって、不動の人気を博した。
都会のセンチメンタリズムを溶かし込んだようなバラード・ナンバーは、
情感がにじみ出たヴォーカルと、ピアノを中心とした澄んだ音で作られている。
慌ただしい日常生活を送る人々にとっては心の癒しになったことだろう。

なんと、2006年冬に、単独では11年振りとなる来日が決定した。
日程は、11月28日(火)・30日(木)東京ドーム、12月3日(日)札幌ドーム、
12月6日(水)京セラドーム大阪、12月9日(土)福岡Yahoo!JAPANドーム、
12月12日(火)ナゴヤドームの全6公演で、
チケット料金は全公演ともにS席10,500円/A席9,450円(税込/座席指定)。
マディソン・スクエア・ガーデン12夜連続ソールドアウトの記録をうち立てた話題のステージだ。
来日は、恐らくこれで最後になるかもしれないと騒がれている。今から期待で胸が弾む。

投稿者 news : 2006年09月15日 10:51 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Beyonce Knowles(ビヨンセ・ノウルズ)

1981年9月4日生まれでアメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身の歌手、女優であるが、世界の歌姫として有名である。
名実ともに世界のトップに君臨するガールズ・グループのDestiny's Child(デスティニーズ・チャイルド)初期からのメンバーで、グループではリードシンガー、作詞作曲、プロデューサーも兼ねていた。
2001年にグループとして一旦活動を停止すると、2002年には映画"Austin Powers in Goldmember"のヒロイン役として大抜擢され、華々しい銀幕デビューを飾る事になる。
同時に内容的にも好評を得た同映画のサントラに、ネプチューンズ(The Neptunes)プロデュースによる"Work it out"を収録した。
2003年6月には待望のデビュー・アルバム"Dangerously in Love"をリリース。
ほぼ全曲の作詞・作曲・プロデュースを彼女自身が手がけ、フィーチャリング・アーティストも公私とものパートナーであるジェイ・Zを筆頭に、ミッシー・エリオット、ショーン・ポールなど超豪華なラインナップであった。
また、第46回グラミー賞で5部門受賞の快挙を達成!
そして2005年にデスティニーズ・チャイルドは解散し、
待望の新作アルバム"B’Day"は、その名の通り彼女の25回目の誕生日である2006年9月4日の発売となり、
日本武道館に1万人のファンを無料招待してのバースデーパーティ“HAPPY B'DAY PARTY”が開催された。
サマンサ・タバサとサマンサ・ティアラのプロモーションモデルを務めており、音楽の世界にとどまらず、世界中の女性が彼女に夢中である。

投稿者 news : 2006年09月11日 17:36 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Destiny's Child(デスティニーズ・チャイルド)

アメリカ、テキサス州ヒューストン出身の4人組、ビヨンセ/ケリー/ラトーヤ/ラターヴィアという幼馴染みで結成された。
92年にオーディション番組に登場し、米コロンビアと契約。
"Men in Black"のサントラに楽曲を提供した後、97年にリリースしたデビュー曲"No, No, No Part 2"がいきなりの大ヒット。
翌98年に発売されたデビュー・アルバム"Destiny's Child"では、プラチナ・アルバムに輝いた。

99年7月にはヒット曲満載、時代を先取りしたセカンド・アルバム"The Writing's On The Wall"は全世界で1,000万枚を超し、グループ最大のヒットとなった。
ラトーヤとラターヴィアが脱退し、ミッシェルとファラが新メンバーとして加入した。サード・シングル"Say My Name"はポップ/R&B両シングル・チャートで1位となり、その年を代表する大ヒット曲に。

しかし2000年7月、加わったばかりのファラが脱退、3人で新生デスティニーズ・チャイルドとしてのスタートを切ることになる。
その後も、映画"Charlie's Angel"主題歌"Independent Woman Pt. 1"がシングル・チャートで11週連続1位という記録を打ち立て、ギネスブックにも掲載されている!

2001年はグラミー賞2冠達成を始め、数々の主要音楽賞を制覇し、
"The Writing's On The Wall"の全世界でのセールスが1,100万枚を越え、全世界ナンバー1の女性グループとしての地位を確立。
2001年4月、期待のサード・アルバム"Survivor"を発売し、400万枚以上ものセールス記録を残した。
10月にはデスチャ初のクリスマス・アルバム"8 Days Of Christmas"を発売した。
U2のボノが音頭をとったオールスター・チャリティ・シングルにも参加。

2002年5月には遂に日本で本格的なアリーナ公演が実現した。
来日公演を含むこのワールド・ツアーを最後に、デスティニーズ・チャイルドはいったん活動を休止した。
ビヨンセ、ケリー、ミッシェルの3人は各々がデスチャのイメージにとらわれない、個人のパーソナリティを打ち出した音楽、演技、演劇などの幅広いソロ活動を始めた。

2004年シングル"Lose My Breath"は大ヒットし、アルバム"Destiny Fulfilled"は世界各国で700万を超える大ヒットになった。

2005年は4月から3年ぶりのワールド・ツアー敢行した。
日本の広島をスタート地点として、そこからオーストラリア、ヨーロッパ、北米を回るものだったが、
ヨーロッパツアー中の6月11日バルセロナ・コンサートで、思わぬ解散発表を行った。
そして10月には彼女達が走り続けた8年間の華麗なフィナーレとしてのベストアルバム"#1’s(ナンバー・ワンズ)"が発売された。
今後彼女達はそれぞれ再びソロとしての活動を始めるが、どのようなパフォーマンスで私達を楽しませてくれるのだろう。

投稿者 news : 2006年09月11日 16:25 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

John Coltrane(ジョン・ウィリアム・コルトレーン)

1926年9月23日―1967年7月17日
世界に名を残したジャズサックス奏者。

短期間のうちに独自のスタイルを確立し、ハード・バップからモード、晩年はフリーと、激動の時代を象徴するような活動を残した。
Sonny Rollins(ソニー・ロリンズ)と並ぶモダン期の巨匠。

1947年(21歳)、Eddie Vinson (エディ・ビンソン)のR&Bバンドに参加。アルトからテナーに転向。
1955年(29歳)、Miles Davis(マイルス・デイビス)のクインテットに参加。1956年12月脱退。
1957年5月(30歳)、初リーダー作「COLTRANE (コルトレーン)」を録音。
1960年4月(33歳)、コルトレーン・カルテットを結成。
1967年7月17日、40歳の若さで、肝臓ガンのため死去。

代表作に「COLTRANE (コルトレーン)」「Blue Train (ブルー・トレイン)」「Giant Steps (ジャイアント・ステップス)」「My Favorite Things (マイ・フェイヴァリット・シングス)」「Ballads (バラード)」「A Love Supreme (至上の愛)」などがある。

投稿者 news : 2006年09月11日 15:12 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Bon Jovi(ボンジョビ)

メンバーは4人。
Jon Bon Jovi 本名:John Francis Bongiovi ジョン・ボン・ジョヴィ vocals/guitar
Richie Sambora 本名:Richard Steven Sambora リッチー・サンボラlead guitar
David Bryan 本名:David Bryan Rashbaum デイビット・ブライアン keyboards
Tico Torres 本名:Hector Samuel Juan Torres ティコ・トーレス drums
そして、サポートメンバーとして
Hugh McDonald ヒュー・マクドナルド Bass
がいる。
ヒューは実際は正式なメンバーではないが、コアなファンからは5人目のメンバーとして認められている。
彼らは当初、ツアーを精力的に行っていて、1987年から開始したツアー「NEW JERSEY」は455日間、37ヶ国、232公演にも及び地球を3週したらしい。
このツアーの後、メンバーは疲れきってしまい、暫くはジョンやリッチーがソロ活動をしていただけで、バンドとしては休止状態にあり、解散すら危ぶまれていた。
復帰後、94年には初のベストアルバム「Cross Road」をリリース。これが爆発的に売れ、全世界で数ヶ月で1000万枚を売り上げた。
その後初期メンバーのアレックの脱退などもあったが、脱退理由がもめごとではなくその後もジョンなどと一緒にセッションを行っている。
2005年には9thアルバム「Have A Nice Day」をリリースし、日本では94年の「These Days」以来10年ぶりのオリコンチャート1位を記録した。
ちなみに94年に脱退したアレックは大の日本好きでナマコが好きで、さらに阪神タイガースの帽子をかぶる事もあるらしい。

投稿者 news : 2006年09月08日 17:04 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Simple Plan(シンプルプラン)

メンバーはとりあえず5人。
Pierre Bouvier(ピエール・ブーヴィエ),1979年5月9日:ヴォーカル(初期はベースを兼任)
Chuck Comeau(チャック・コモー),1979年9月17日:ドラム
Jeff Stinco(ジェフ・スティンコ),1978年8月22日:リードギター
Sebastien Lefebvre(セバスチャン・ルフェーヴル),1981年6月5日:ギター、バックヴォーカル
David Desrosiers(デヴィッド・デロシアーズ),1980年8月19日ベース、バックヴォーカル※途中加入。
結成以来1アルバムを発表するまで、Sum41Blink182Green DayGood Charlotte等と一緒にライブ活動を行い人気を広めていった。
1stアルバムの「NO PADS.NO HELMETS…JUST BALLS 」は200万枚、2ndアルバムの「Still Not Getting Any... 」も全世界で300万枚の売り上げを記録している。
また日本でも2ndアルバムはゴールドディスクを、アメリカではプラチナディスクを獲得している。
彼らは親日家でも知られており、ヴォーカルのピエールはラーメン好き、ドラムのチャックは寿司が好物らしく一番最近来日した2005年夏のFUJI ROCK FESTIVAL 05の時もみんなで太って帰っていったらしい。
ちなみに彼らは2007年の年初め辺りに3rdアルバムをリリースする予定である。

6のメンバー
patrik langlois(パトリック):ウェブ、PV担当
通称(パット)、殆どのPVに出演しているが何故か「Untitled」には出演していない。

投稿者 news : 2006年09月07日 16:30 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Hilary Duff(ヒラリー・ダフ)

本名: Hilary Ann Duff(ヒラリー・アン・ダフ)。1987年9月28日生まれ。
15歳の時にアルバム「Metamorphosis」でデビュー。このアルバムがいきなりビルボードチャート1位を獲得。全米で320万枚を売り上げた。
日本でも1stシングル「So Yesterday」が日本ラジオオンエアー2週連続1位を獲得した。
ヒラリーは女優業でも活躍しており、14歳で「Lizzie McGuire」というドラマでデビューして以来、「Lizzie McGuire Movie」「A Cinderella Story」「Raise Your Voice」「Perfect Man」「Cheaper By The Dozen」の5本の映画にも出演。
その中の「Cheaper By The Dozen」は、1億5000万ドル以上の興業成績を上げた。
またヒラリーはGood Charlotteのジョエルと16歳の時から交際している。

投稿者 news : 2006年09月07日 12:23 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

YellowCard(イエローカード)

1997年にフロリダのジャクソンヴィルで結成したバンド。
メンバーは5人。
Ryan Key:ライアン・キー (Vo / g)
Sean Mackin:ショーン・マッキン (Violin / Vo)
Ryan Mendez :ライアン・メンデス(g)
Longineu Parsons(LP):ロンギニュー・パーソンズIII[通称LP](drs)
Pete Mosely:ピート・モーズリー(b)
メンバーにバイオリニストがいる珍しいバンド。バイオリニストのショーンは日本人の母を持つ。
メジャーデビューは2003年「Ocean Avenue」にて。このアルバムが200万枚の売上を記録する。
2005年にはSummer Sonic'05にも出演し、2006年に「Lights and Sounds 」をリリース。
その後も2006年3月に日本ツアーをするなど日本でも人気が出ている。

投稿者 news : 2006年09月06日 17:05 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

The Rolling Stones(ザ・ローリング・ストーンズ)

1963年にレコードデビューし、40年経った今でも根強い人気のイギリスのロックバンド。
バンド名はシカゴブルースの巨匠、Muddy Waters(マディ・ウォーターズ)の"Rollin' Stone"にちなんで、当時リーダーであったBrian Jones(ブライアン・ジョーンズ)(故人)が命名。
現在のメンバーは、
Sir Mick Jagger(ミック・ジャガー):リードボーカル、ハーモニカ
Keith Richards(キース・リチャーズ):ギター、バッキングボーカル
Ron Wood(ロン・ウッド):ギター、バッキング・ボーカル
Charlie Watts(チャーリー・ワッツ):ドラムス
の4人。
誰もが知っているローリングストーンズのベロマーク。通称“タンロゴ”。
このマークが誕生したのは1971年。気になるタンの由来だが、当時、世界的なインドブームで、ヒンドゥー今日の女神“カーリー”のベロをモチーフにして出来たとのこと。
このマークのTシャツ、フロントがインパクト大なデザインで、絶大なる人気だ。

2006年3月22日から4月5日にかけて、東京→北海道→名古屋→埼玉と、3年振りに来日ツアーを開催した。
彼らは平均60歳以上?!…まだまだ現役である。

主な映画出演作品:
「ビート・パレード」(1964)
「TONITE! LET'S ALL MAKE LOVE IN LONDON」(1967)
「ワン・プラス・ワン」(1968)
「ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター」(1970)
「APOCALYPSE: A REQUIEM for the SIXTIES」(1977)
「ローリング・ストーン ロック20年史」(1989)

投稿者 news : 2006年09月06日 15:03 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

The Offspring(オフスプリング)

デクスターとグレッグが1984年に結成したManic Subsidalというバンドが元。86年に覚えにくいからという理由でThe Offspringに改名。
3rdアルバム「Smash」が全世界1200万枚の売上を上げると5thアルバム「Americana」も売上1200万枚のスマッシュヒットを記録した。
日本でも彼らの曲は色々なところで使われており、「(can't get my)head around you」が日産 X-TRAILのCMに、ゲームではCrazy Taxi1、2、3に「All I Want」、「Way Down the Line」、「The Meaning of Life」、「Change the World」、「Come Out Swinging」、「One Fine Day」、「Walla Walla」、「No Brakes」、「Want You Bad」、「Special Delivery」が、「Blackball」がTony Hawk's Pro Skater 4に、「Self Esteem」がSingstar Rocks! に使われている。
ちなみにデクスターは「アナーキーエアライン」と名付けた自家用ジェット機を所持しており、自身で操縦も出来るらしい。
また、ドラムのアトムは元Blink182のトムが結成したAngels&Airwavesにも参加している。

投稿者 news : 2006年09月06日 14:13 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Good Charlotte(グッドシャーロット)

メンバーはPaul Thomas(ポール・トーマス)、Chris Wilson(クリス・ウィルソン)、Joel Madden(ジョエル・マデン)、Billy Martin(ビリー・マーティン)、Benji Madden(ベンジー・マデン)の5人。
マデン兄弟が高校の友人のポールを誘ったのがきっかけで始めたバンド。2006年現在で「Good Carlotte」、「The Young and the Hopeless 」、「THE CHRONICLES OF LIFE AND DEATH 」の三枚のアルバムをリリースしておりいずれも日米で大ヒットとなっている。2006年10月には4枚目のアルバムをリリースする予定である。
ちなみにマデン兄弟は親日家で知られており2人とも日本語を勉強してる他、曲の中にも日本語が用いられている曲もある。
また、メンバーのジョエルはヒラリーダフと交際してる。

投稿者 news : 2006年09月06日 12:50 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Busted(バステッド)

James Bourne(ジェイムス・ボーン)、Matt Willis(マット・ウィリス)、Charlie Simpson(チャーリー・シンプソン)の三人で2002年にデビューし、デビューシングルの「what i go to school for busted」がいきなりUKチャートの3位にランクインした。その後も2ndシングルが2位、3rdシングルが1位といきなり記録を打ち立てた。その後も映画「thunderbird」の実写版の主題歌でMcFlyのトムと共作した「thunderbirds are go」が日本でも3週連続でオリコンチャート1位を獲得するなど日本でも大ブレイクした。
しかし、2005年にチャーリーが脱退した事でBustedは正式に解散する事になった。
ちなみに解散した後は、ジェイムズはson of dorkを立ち上げ、マットはソロデビューし、チャーリーはFightStarの一員としてそれぞれ活躍している。

投稿者 news : 2006年09月05日 16:56 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

McFly(マクフライ)

メンバーはDanny Jones (ダニ・ジョーンズ)、Dougie Poynter (ダギー・ポインター)、Tom Fletcher (トム・フレッチャー)、Harry Judd (ハリー・ジャッド)の4人。
トムはMcFly結成前にBustedのメンバーのジェイムズと一緒に作曲をしていた事もあり、Bustedの「ThunderBird」を始め数曲を共作している。
デビュー後はデビューアルバムのシングルカットされたシングル4枚は全てUKチャートtop5にランクインした。
ちなみにバンド名のMcFlyという名はトムが付けたもので、「Back To The Future」の Marty McFly(マーティ・マクフライ)に由来している。

投稿者 news : 2006年09月05日 12:23 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Aero smith(エアロスミス)

メンバーはSteven Tyler(スティーブン・タイラー)、Joe Perry(ジョー・ペリー)、Brad Whitford(ブラッド・ウィトフォード)、Tom Hamilton(トム・ハミルトン)、Joey Kramer(ジョーイ・クレイマー)の5人。
日本、海外問わず人気があり、KISS、QUEEN、Cheap Trickと並びハードロック四天王と呼ばれている。
有名な曲としては「Dream On」、「I Don't Want to Miss a Thing」など。
ちなみに、女優のリブ・タイラ-はヴォーカルのスティーブン・タイラーの娘である。
また「I Don't Want to Miss a Thing」は、映画「Armageddon(アルマゲドン)」の主題歌にもなっており、娘のリブ・タイラーはヒロイン役として出演していて親子で関わっている。

投稿者 news : 2006年09月04日 17:38 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Green Day(グリーンデイ)

Billie Joe Armstrong,1972年2月17日 (ビリー・ジョー・アームストロング)
Mike Dirnt,1972年5月4日 (マイク・ダーント)本名はMichael Ryan Pritchard Dirnt(マイケル・ライアン・プリチャード・ダーント)
Tre Cool,1972年12月9日(トレ・クール)本名はFrank Edwin Wright III(フランク・エドウィン・ライト3世)
の三人からなるアメリカ、カリフォルニア州出身のパンクバンドで結成は1987年、メジャーデビューは1994年。
彼らの名前は全世界に知れ渡っており、もちろん日本でもメジャーである。
有名な曲としては「minority」や「Boulevard Of Broken Dreams」、「Holiday」等で、アルバムとしては「American Idiot」が全米、全英ヒットチャートの1位を記録してグラミー賞の「最優秀ロックアルバム」まで受賞している。

投稿者 news : 2006年09月04日 10:50 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Blink182(ブリンク182)

Tom Delonge(トム・デロング)、Mark Hoppus(マーク・ホッパス)、Travis Barker(トラヴィス・バーカー)の三人からなるアメリカの西海岸、カリフォルニア州サンディエゴ郊外のポートランドで結成されたパンクバンド。
バンド名の182についてはさまざまな由来があるらしいがたまたま泊まっていたホテルの部屋番号からという話が1番有名である。
1993年にデビューし、2005年2月24日に無期限の活動停止を発表した。
メジャーなタイトルは「What's My Age Again?」「First date」「I Miss You 」など。

投稿者 news : 2006年09月04日 10:46 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

son of dork(サン・オブ・ドーク)

James Bourne(ジェイムス・ボーン),Chris Leonard(クリス・レナード),David Williams(デヴィッド・ウィリアムス),Danny Hall(ダニー・ホール),Steve Rushton(スティーブ・ラッシュトン)の5人からなるイギリス出身のパンクバンド。
ボーカルのJames Bourneは以前はBustedでも活躍していた。
彼らのデビューシングル「ticket outta loser ville」は全英初登場3位を記録した。
この歌は公式サイト等でも視聴できる。
ちなみに彼らの楽曲はNew Found Glory,Blink182,Green Dayなどの影響を多分に受けている。

投稿者 news : 2006年09月01日 11:06 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Zebrahead(ゼブラヘッド)

アメリカ・カリフォルニア州オレンジカウンティのラ・ハブラ出身の5人組。
結成は96年、97年に11社のメジャーレーベルの争奪戦の末コロムビアが獲得。
98年に1stアルバム「WASTE OF MIND」をリリース。01年に2ndアルバム「Playmate of the year」をリリース。
日本でも爆発的な人気を呼びゴールドディスクを獲得。また次の3rdアルバム「MFZB」も軽くゴールドディスクを獲得している。
その後2005年にはデビュー時から変わることがなかったメンバーのうちヴォーカルのJustin Maurielloが抜け、変わりにMatty Lewis が入った。そして2006年に新しい面子で出した初めてのアルバムが「BROADCAST TO THE WORLD」である。
また日本でのみ販売の「Waste Of MFZB」というアルバムもある。さらに彼らはベッカムの妻であるVictoriaが所属していたspice girlsのwannabeもカバーしたり色んな分野の音楽を取り込んでいる。

投稿者 news : 2006年08月16日 17:13 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Avril Lavigne(アヴリル・ラヴィーン)

full nameはAvril Ramona Lavigne、1984年9月27日生まれ。出身はカナダのオンタリオ州ナパニ-。
1stアルバム「Let Go」でデビュー、このアルバムが爆発的に売れ、全世界で1500万枚、ここ日本でも200万枚の売上を記録した。
中でも「Complicated」、「sk8er boy」、「Losing Grip」などが 人気がある。
また2004年に発売した2ndアルバム「Under My Skin」は1stアルバムのポップテイストな曲調とは打って変わり、
ファンキーなギターでポップ色を吹き飛ばした感じの作品となっている。
彼女は日本でも'04のsummer sonicや武道館、横浜アリーナなどでもliveを行っており、
それらのチケットが発売開始後すぐにsold outになるほどの人気を誇っている。
ちなみに2006年の7月にsum41のデリック・ウィブリーと結婚した。

投稿者 news : 2006年08月16日 16:36 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

sum41(サム41)

カナダのトロント出身の三人組。メンバーはDERYCK WHIBLEY,CONE McCASLIN,STEVE JOCZ,
元は4人組だったが2006年にギタリストのDAVE BAKSHが脱退したため三人になった。
バンド名の由来は、夏休みの41日目に一緒に出かけたワープド・ツアーをきっかけにこの日からsum41として
活動しだしたため。
彼らは2001年5月、1stアルバム「ALL KILLER NO FILLER」でデビューを飾り、その後1stシングル「fat lip」をリリース。
これが爆発的ヒットとなり、全世界で300万枚の売上を記録した。
2ndアルバムの「DOSE THIS LOOK INFECTED」は日本で先行リリースされ、全世界で150万枚の売上を記録した。
その後3rdアルバム「chuck」をリリースした。このアルバムのchuckという名前は彼らがコンゴに
戦争のドキュメンタリーを撮影しに行ったときに向こうで知り合った今は国連で働いている元カナダ兵士の名前から取っているらしい。
ちなみにギタリストのDERYCK WHIBLEYと同じカナダ人アーティストのavril lavigneは以前から付き合ってる事は有名だったが2006年7月15日に結婚した。

投稿者 news : 2006年08月16日 12:35 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Coldplay(コールドプレイ)

Coldplayとはイギリスのロックバンドである。
切ない歌詞や美しい楽曲が人気で、1stアルバム「パラシューツ」からはyellowが大ヒットした。
3rdアルバム「X&Y」は31カ国でNO1となった。
また、2006年7月に来日し大阪や名古屋や日本武道館などでライブをしたが、チケットは入手困難である。

投稿者 news : 2006年08月15日 17:52 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Daniel Powter(ダニエル・パウター)

1971年2月25日、カナダのブリティッシュ・コロンビア州、ヴァーノンで生まれる。4歳の頃からバイオリンを習い始め14歳からピアノを始める。
大学を卒業した後、バンクーバーにてシンガーソングライターとして活動を開始。クラブで演奏しているところをプロデューサーのジェフ・ドーソンが発掘。
その後2人で作成したデモテープがきっかけでワーナーミュージックと契約。
彼のfirst single「Bad Day」は本国カナダをはじめ、フランス、アイルランド、オーストラリア、イギリスでゴールドディスクを獲得。
アメリカでも全米シングルチャート1位を記録。
また日本でも洋楽アルバムチャートで1位に輝き、さらにサマーソニック'06にも出演した。

投稿者 news : 2006年08月15日 17:49 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

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