KICK THE CAN CREW

3MCと1DJからなるヒップホップグループ。ばらばらに活動していた幼馴染のKREVA、MCU、LITTLEの3人が「カリケン」という曲でのコラボをきっかけに結成。インディーズでのリリースを重ね、2001年にシングル「スーパーオリジナル」でメジャーデビューを果たす。その後もリリースしたアルバムは連続でオリコンチャート首位を獲得する。そして2003年には、台湾親善大使に任命されての台湾ライヴや、ヒップホップ界世界最高峰のアワード“The Source Awards”に日本初のノミネートをされるなど世界的にも活躍した。
2004年6月から活動を休止し、現在はそれぞれソロで活動している。

投稿者 news : 2006年12月29日 16:08 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Dragon Ash

日本のJ-POPシーンにおけるヒップホップの普及に大きく貢献した、ミクスチャーロックバンド。1997年ミニアルバム「The day dragged on」でメジャーデビュー。1999年にリリースされたシングル「Let yourself go,Let myself go」は70万枚を売り上げる。同年リリースされた「Greateful Days」では、家族愛を歌った感動的な歌詞で評判となり、150万枚を突破、自身最大のヒットとなる。その後も様々な名曲を作り出し、その人気は衰えない。

投稿者 news : 2006年12月29日 15:48 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

RIP SLYME

4MC+1DJで構成されるヒップホップグループ。1994年に結成、YOUNG MCS IN TOWN新人ラッパーコンテストで優勝する。1995年、アルバム「Lip's Rhyme」でインディーズデビュー、2001年にはシングル「STEPPER'S DELIGHT」でメジャーデビューを果たす。2002年にリリースされた2ndアルバム「TOKYO CLASSIC」ではオリコン初登場首位を獲得し、ミリオンセラーとなる。その後もアルバムでは次々とオリコン首位を獲得し、最近では他のミュージシャンとのコラボレーションとしても楽曲を制作している。

投稿者 news : 2006年12月29日 15:38 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

MAX

沖縄出身の音楽グループ。安室奈美恵の抜けたスパーモンキーズから独立の形で結成された。
1995年「恋するヴェルファーレンダス」でデビュー。当初はこの曲だけの企画物としてのデビューであったが、以降もリリースが続き、3rdシングル「TORA TORA TORA」でブレイクする。1997年、初のオリジナルシングル「Give me a Shake」でオリコン初登場1位を獲得し、NHK紅白歌合戦の初出場を果たした。2002年にMinaの妊娠が発覚し産休に入った。それを埋める形で、同年新メンバーとしてAkiが加入する。

投稿者 news : 2006年12月29日 15:15 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

BENNIE K

シンガーのYUKIとラッパーのCICOの二人からなる音楽ユニット。2001年、シングル「Melody」でデビュー。2004年にリリースした8枚目のシングル「サンライズ」がオリコンチャート3週間連続TOP10入りする。そして同年、9枚目のシングル「Dreamland」がコカ・コーラ2005年キャンペーンソングに抜擢され、オリコン初登場2位、7週連続TOP10入りを果たし、一躍有名になる。同年リリースされたアルバム「fapana-thythm」では、初となるオリコンチャート1位を獲得した。

投稿者 news : 2006年12月29日 14:57 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Folder5

沖縄アクターズスクール出身の7名からなるグループ“Folder”がメインボーカルの三浦大地が変声期を迎えた為に、新たにその中の女性5人で結成しデビューした、歌手グループ。
アニメONE PICEのオープニングテーマとして起用された、シングル「Believe」がグループ最大のヒット曲となった。しかしシングル「MY MIRACLE」発売以降、事実上活動は休止しており、メインボーカルAKINAをはじめソロまたはタレントなどそれぞれ個々において活動している。

投稿者 news : 2006年12月29日 14:41 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

平川地一丁目

林龍之介・直次郎の兄弟によるソンがーソングデュオ。
2000年に結成し様々な地方のイベントに出場する。2001年、Sony Music AuditionoにでDefSTAR RECORDS賞を獲得。2003年、斉藤和義プロデュースのシングル「とうきょう」でメジャーデビューする。2004年にリリースしたアルバム「えんぴつで作る歌」はオリコン初登場7位となり、男性アーティストTOP10入り史上最年少記録を達成。
とても高校生とは思えないせいつなく、哀愁のただよう曲調が特徴である。

投稿者 news : 2006年12月29日 12:30 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

AAA

男女8人組のパフォーマンスユニット。AAAとはATTACK ALL AROUNDの略で、どんなことにも挑戦するという意味がある。2005年シングル「BLLOD on FIRE」でデビュー。同年、デビューからわずか3ヶ月でレコード大賞最優秀新人賞を受賞する。グループとしての歌、ダンスの活動にとどまらず、それぞれ芝居、モデルなど幅広く活躍している。デビュー1周年の際には、武道館ライブを全席無料招待し、約一万人を動員した。

投稿者 news : 2006年12月29日 12:16 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

D-51

沖縄出身のボーカルデュオ。2003年よりストリートライブを開始し、2004年ミニアルバム「STREET BREEZE」でインディーズデビュー。そして同年にシングル「TOP OF THE SUMMER」でメジャーデビューを果たす。翌年にリリースした3rdシングル「NO MORE CRY」はドラマごくせんの主題歌になり、オリコン初登場2位の大ヒットを記録する。その後も次々にヒット映画の主題歌に抜擢され活躍している。

投稿者 news : 2006年12月29日 12:04 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

INSPi

大阪大学のアカペラサークルを母体とし1997年に結成した男性アカペラヴォーカルグループ。オリジナル曲制作に力を入れていたため、関西アカペラ界では「オリジナル曲中心のライブをするバンド」として一目置かれる。2001年にはフジテレビ「力の限りゴーゴゴー!!」内の「ハモネプ」に出演したのをきっかけにデビュー。2002年にはさらにメンバーが2人加入し、今の6人になる。まだ自作曲での大ヒットはないが、ヒットソングのカバー曲などでその実力の高さは認められており、これからが期待できるグループだ。

投稿者 news : 2006年12月29日 11:45 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

RAG FAIR

男性6人組みのアカペラヴォーカルグループ。1999年埼玉大学のアカペラサークルを母体として結成。フジテレビ「力の限りゴーゴゴー!!」内のコーナー「ハモネプ」にてメンバーの奥村ことおっくんを中心にそのパフォーマンスが話題となる。その後2001年にミニアルバム「I RAG YOU」でメジャービュー。そして翌年2枚同時に発売したシングルでオリコン週間チャート1位と2位を独占する。
身体さえあれば歌えるという利点を生かし、テレビの出演時などには自己紹介としてアカペラを使用する。また、メンバー全員が作詞・作曲をすることができる。

投稿者 news : 2006年12月28日 16:34 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

PUFFY

大貫亜美、吉村由美からなる女性歌手デュオ。“自然体”また“脱力系”という新たなジャンルを切り開いた2人。1996年、デビューシングル「アジアの純真」がミリオンヒットとなりその後も相次いでヒット曲を連発し、その年の音楽新人賞を総なめにした。1997年からはパフィーの冠番組である「パパパパパフィー」が放映され、その後4年間人気バラエティーとして放送され続けた。また2000年には米国テキサス州で行われたロック・フェスティバルSXSWに出演し、高い評価を受けた。そして2004年には、同じく米国でパフェーをモデルとしたアニメ「Hi Hi Puffy AmiYumi」が放送され、高視聴率を記録した。

投稿者 news : 2006年12月28日 16:14 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

サスケ

2000年、高校時代の同級生、北清水雄太と奥山祐次によって結成されたデュオ。大宮駅を中心にストリートライブを行う。2002年に創作活動に専念する為、全てのライブ業を一時休止するものの、翌年には同じく大宮駅でストリートライブを再開し、200人を超えるファンを動員する。そして2004年、最初一店舗限定で発売されていたシングル「青いベンチ」がインディーズ全国発売となる。「青いベンチ」が収録されたアルバム「Smile」がオリコントップ3に入る。そのせつなくてあたたかい歌詞と歌声から、全国の10代から20代の若者の中で人気となる。

投稿者 news : 2006年12月28日 16:04 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

ゴスペラーズ

5人組のアカペラ/ヴォーカルグループ。早稲田大学のアカペラサークル“Street Corner Symphony”から結成される。1994年「Promise」でメジャーデビュー。2000年にリリースした「永遠に」がロングヒットとなり人気に日がつく。翌年、初のアカペラシングル「ひとり」もヒットし、それらが収録されたバラードベストアルバム「Love Notes」がミリオンセラーとなった。同作品で日本レコード大賞のベストアルバム賞を受賞した。メンバーは他にもソロや他のユニットなど幅広く活躍している。

投稿者 news : 2006年12月28日 16:00 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

EXILE

ダンスグループZOOのメンバーだったHIROを中心に、1999年に結成された「J SOUL BROTHERS」がヴォーカリストATSUSHIとSHUNの新加入を経てEXILEとなった。7人組のヴォーカル&ダンスユニット。2001年、Your eyes only~曖昧なぼくの輪郭~でデビュー。2003年に発売した、ZOOの名曲Choo Choo Trainがヒットし、この曲が含まれたアルバムEXILE ENTERTAINMENTがミリオンセラーとなる。またauのキャンペーンソングとなったただ…逢いたくてでは自身最大の56万枚をセールスする。2004年ヴォーカルのSHUNがソロデビューの為脱退し、オーディションから選ばれたTKAHIROが2006年から新ヴォーカルとなった。

投稿者 news : 2006年12月28日 15:37 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

SPEED

1995年、日本テレビ「THE夜もヒッパレ」の企画により、島袋寛子・今井絵里子・上原多香子・新垣仁絵で結成。1996年、シングル「Body&Soul」でデビュー、その年の日本レコード大賞新人賞を受賞する。その後リリースされた「Wite Love」「my graduation」はメガヒットを記録し、その頃リリースされた曲は次々とミリオンセラーとなった。1997年、ゴールデンアロー賞受賞。1998年には史上最年少で東京・大阪・名古屋・福岡の4大ドームツアーを行う。しかし2000年3月31日、テレビ朝日の「ミュージックステーション」でもファイナルライブをもって惜しまれながらもソロとして活動する為、解散した。

投稿者 news : 2006年12月28日 14:45 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

川瀬 智子

1997年、the brilliant greenのボーカルとしてデビュー。2001年よりソロ活動を開始し、メガネをかけたポップなイメージのTommy february6と、不良めいたイメージのTommy heavenly6の二つの別人格を、川瀬自身がプロデュースする。2002年、自身の誕生日でもある2月6日に1stアルバム「Tommy february6」をリリースし、オリコンアルバムチャートで2週連続1位を獲得する。

投稿者 news : 2006年12月28日 14:34 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

the brilliant green

1995年に奥田俊作・松井亮・川瀬智子によって結成されたロックバンド。略称はブリグリ。1997年、全英詩のマキシシングル「Bye Bye Mr.Mug」でメジャーデビュー。1998年、シングル「There will be love there-愛のある場所-」がTBSドラマ「ラブ・アゲイン」の主題歌に抜擢されヒットしブレイクする。2003年以降、バンドとしての活動は休止し現在はソロ活動を行っている。
メンバーの川瀬智子と奥田俊作においては2003年11月22日に結婚している。

投稿者 news : 2006年12月28日 14:24 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

元 ちとせ

鹿児島県奄美大島出身のヴォーカリスト。高校3年で奄美民謡大賞の民謡大賞を史上最年少で受賞する。2001年、国内外の名曲をカバーしたミニ・アルバム「Hajame Chitose」を、同年オリジナル5曲を収録したミニ・アルバム「コトノハ」をリリース。そして2002年、シングル「ワダツミの木」でメジャーデビューし、リリース後2ヶ月を経てシングルチャート1位を獲得する。同年、1stアルバム「ハイヌミカゼ」では日本レコード大賞のベストアルバム賞を受賞。2004年電撃的に結婚し、翌2005年1月出産。同年6月にはアニメ「BOOOD」のエンディング曲「語り継ぐこと」をリリースし、活動を再開する。

投稿者 news : 2006年12月27日 11:58 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

WaT

タレント・俳優業などの個々の芸能決動でも活躍中の、ウエンツ瑛士と小池徹平で結成された、シンガーソングライター・デュオ。2002年から路上ライブを始め、2004年、シングル「卒業TIME」でインディーズデビュー。2005年、大手レコード会社11社による争奪戦の末、ユニバーサルミュージックからシングル「僕のキモチ」でメジャーデビュー。メジャーデビューイベントでは、東京・大阪・名古屋で合計約4万5千人が集まり、オリコン初登場2位を記録する。同年、NHK紅白歌合戦に史上最短記録で出場する。2006年にはバレーボール世界選手権のオフィシャルサポーターに抜擢され、そのテーマソングとなったシングル「Ready Go!」ではオリコン1位を獲得する。

投稿者 news : 2006年12月27日 11:58 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

day after tomorrow

2000年のavexのオーディションに参加していたmisonoと、作家としてアーティストに楽曲提供していた北野正人と鈴木大輔の2人により、2001年結成。2002年ミニアルバム「day after tomorrow」とシングルDVD「faraway」の同時発売によりデビュー。同年、日本レコード大賞新人賞を受賞。2003年1stアルバム「elements」ではオリコン3位を記録し、その年の全日本有線放送大賞ではゴールド・アーティスト賞を受賞する。しかし2005年、グループ内の活動方向の相違により“個人の音楽活動のステップアップの為”に、活動休止中である。ヴォーカルmisonoにおいては2006年「VS(ヴァーサス)」でソロデビューし、ソロ活動を展開している。

投稿者 news : 2006年12月27日 11:40 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

アンジェラ・アキ

ピアノの弾き語りスタイルのシンガーソングライター。英会話スクール“イーオン”の社長である父とイタリア系アメリカ人の母を持つ個性派シンガー。2000年「These Words」でアメリカのインディーズでデビューする。日本では2005年ミニアルバム「ONE」をインディーズよりリリース。2005年年間ポップス・インディーズチャートで1位を記録する。同年9月に「HOME」でメジャーデビュー。2006年3月にリリースした3rdシングル「Kiss Me Good-Bye」はファイナルファンタジーXⅡの挿入歌となりオリコン6位を記録する。その後も1stアルバム「Home」がオリコン2位を記録するなど、今後が期待されるシンガーである。

投稿者 news : 2006年12月26日 16:49 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

倖田 來未

エイベックス所属の女性歌手。1999年、エイベックス主催のオーディションで準グランプリを受賞し専属契約をする。2000年、日本に先立ちアメリカにてシングル「TAKE BACK」でデビュー、全米ビルボードポップセールスチャートで18位を記録。続く2ndシングル「Trust Your Love」ではビルボートセールスチャート39位、そしてダンスポップセールスチャートでは1位を獲得する。
日本では当初なかなかヒットが出なかったが、7thシングル「real Emotion/1000の言葉」が、2003年に発売されたゲームソフト「ファイナルファンタジーX-2」のテーマ曲となりヒットし知名が急上昇する。その後ダイエットに成功し、現在の「エロカッコイイ」と呼ばれるスタイルが確立する。2004年、公開された映画キューティーハニーの主題歌「キューティーハニー」でも話題となり、2006年「Butterfly」で日本レコード大賞を受賞する。

day after tomorrowのボーカルmisonoの実姉妹でもある。

投稿者 news : 2006年12月26日 14:51 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

CHARCOAL FILTER

小名川高弘・大塚雄三・安井佑輝・高野真太郎からなる4ピースロックバンド。略称は「チャコフィル」。
1995年、慶応義塾高校の吹奏楽部員によって形成される。1999年、シングル「I start again」でデビュー。3rdシングル「Don't miss it」では、タイアップされた大塚べバレジMATCHのCMにメンバー自ら出演する。そして、2002年発売された8thシングル「Brand-New Myself ~僕にできること」が20万枚を超える大ヒットとな。また同年「Happy hungry days」がケンタッキーフライドチキンのCM曲となり、さらに注目を集める。
メンバーの中のよさでも有名で、ボーカル大塚がポリープで声が思うように出なかったときも、メンバーの絆で解散の危機を乗り越え、今に至っている。

投稿者 news : 2006年12月26日 11:47 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Aqua Timez

2003年、太志・OKP-STAR・大介・mayuko・TASSHIによって結成されたロックバンド。2004年、VUENOS主催のV.A「LUV GRAFFITI3」に参加し、自主制作盤アルバム「悲しみの果てに灯る光」、シングル「いつもいっしょ」をリリース。路上ライブなどを経て、翌2005年、1stアルバム「空いっぱいに奏でる祈り」をリリース。そのうちの一曲「百万回の愛している」をきっかけにブレイクした。2006年7月には、映画「ブレイブストーリー」の主題歌として、1stシングル「決意の朝に」がリリースされ、初の紅白出場が決定する。

投稿者 news : 2006年12月26日 11:24 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

LOVE PSYCHEDELICO

1997年青山学院大学の音楽サークルにて結成、KUMIと直樹のデュオ。1999年ラジオに楽曲を応募、放送後にリスナーから問い合わせが殺到し多くの音楽関係者の目に留まる。2000年1月にタワーレコードを中心にインディーズで100円で限定カセットを販売。同年4月、シングル「LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~」でデビュー。1stアルバム『THE GREATEST HITS』は、200万枚を超える売り上げを記録した。テレビには一切出演しないというスタンスをとる。KUMIの印象的なボーカルに、日本語と英語が自由に行きかう歌詞は日本の音楽シーンに衝撃を与えた。

投稿者 news : 2006年12月25日 16:55 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

SMAP

ジャニーズ事務所所属の国民的アイドルグループ。光GENJIのバックでスケボーをやっていたスケートボーイズの内、中居正広、木村拓哉、稲垣吾朗、森且行、草彅剛、香取慎吾の6人により、1988年結成される。結成後、3年という長い時間を経て、1991年シングル「Can't stop!! -LOVING」でCDデビュー。1996年、森且行がオートレースの選手になる為脱退。2001年には、稲垣吾朗が公務執行妨害および傷害罪ならびに道路交通法違反の現行犯で逮捕され、事務所から1年間の謹慎処分とされる。
CDでは、「夜空ノムコウ」「らいおんハート」「Smap Vest」がミリオンヒット、「世界に一つだけの花」ではダブルミリオンヒットを記録。俳優としても数々の高視聴率ドラマに出演し、草薙剛の主演映画「ホテルビーナス」はモスクワ映画祭の作品賞も受賞した。

投稿者 news : 2006年12月25日 15:35 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Oasis

イングランドのマンチェスター出身のロックバンド。当初、ボーンヘッド、ギグシー、トニーらが全身バンド「The Rain」を結成。1991年、リアムが加入し「Oasis」となる。1994年、シングル「Supersonic」でデビュー。アルバム「Definitely Maybe」を発売、英国で初登場1位のヒットとなり、アルバム最速売り上げを記録。その後も数々の楽曲をチャートの1位に送り込み、英国を代表するロックバンドとなる。美しく壮大なメロディーで、バンドの核となるギャラガー兄弟の溺愛する「ビートルズ」の影響も色濃く現れている。
メンバー編成が激しく、発言もまたスキャンダラスなものが多いことからも、注目を集めている。

投稿者 news : 2006年12月25日 15:12 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Chara

1991年9月シングル「Heaven」でデビュー。1996年、自身主演映画「スワロウテイル」の主題歌でもある、劇中でのバンド「YEN TOWN BAND」によって出された「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~」が90万枚の大ヒット作となる。また1997年、資生堂のCMソングとなった「やさしい気持ち」もトップ10入りし、Charaソロ名義では自己最高の売り上げとなる。
小学校高学年のころから作曲を始め、高2からキーボードとしてバンドに参加、20歳の時にボーカルに転身した。
甘くささやくようなウィスパーボイスと、力強いソウルフルな歌い方の両面を持ち、女性を中心に人気。1990年代にはファッション面でも話題になり、数々の雑誌に登場。「ロッキング・オブ・ジャパン」の表紙を女性で初めて飾った

投稿者 news : 2006年12月25日 12:37 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

コブクロ

1998年9月、宮崎県出身の小渕健太郎と大阪府出身の黒田俊介によって結成。2001年「YELL~エール~」でメジャーデビュー。オリコン4位のヒットとなり、19やゆずに次ぐ「第三のネオ・フォークデュオ」としての立場を確立した。涙を誘う歌詞に2人の歌声が注目を集め、その後もヒットを記録する。そして2005年、ドラマ「瑠璃の島」の主題歌である、「ここにしか咲かない花」が大ヒットしシングルとして自身最大のセールスを、続く「桜」で自己最高初動セールスを記録する。同年、NHK紅白に初出場をはたし、翌2006年5月、初の武道館ライブを行う。

投稿者 news : 2006年12月25日 12:16 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

森山直太郎

1976年4月23日生まれ、歌手、森山良子の息子。2002年10月、ミニアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。翌年リリースしたシングル「さくら(独唱)」で大ブレイク。その独特な歌声と詩世界が注目を集める。その後も「さくら(独唱)」に届くほどの大ヒットはだいが、コンスタントなリリースを続け、2005年にはベストアルバム「傑作撰2001~2005」を発売した。また同年夏から行われた約一年間に及ぶロングツアーでは、過去最大の11万人を動員した。
近年では音楽以外にも、番組の司会、ラジオのDJ、そして2006年7月には役者としての舞台出演を果たすなど、幅広く活躍している。

投稿者 news : 2006年12月25日 11:58 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (1)

伊藤由奈

1983年、ハワイ出身の歌手。日本人の父親と韓国系アメリカ人の母親のあいだに生まれた。
2005年、映画『NANA』のレイラ役に選ばれ、“REIRA staring YUNA ITO”名義で劇中歌「ENDLESS STORY」をリリース。歌手・女優同時にデビューを果たした。これはオリコンチャートで8週連続ベスト5に入るロングヒットとなり、一躍人気アーティストとなった。
その後、2ndシングル「Faith」がフジテレビ系ドラマ『アンフェア』の主題歌に、3rdシングル「Precious」が映画『LIMIT OF LOVE 海猿』の主題歌に起用され、さらに注目を集めた。
この3枚はバラード3部作と呼ばれ、せつないメロディーと歌詞で人々の心に響く作品となっている。
2006年12月の映画『NANA2』の公開に伴い、“REIRA staring YUNA ITO”名義で新曲「Truth」をリリースした。
2007年1月には1stアルバム「HEART」をリリースする。
すらっとした身長と端正な顔立ちで、韓国ではモデル活動をしていた。公式HPで行っているジャケット写真の壁紙ダウンロードサービスも人気である。
『Sony Music Online Japan』では彼女の楽曲の視聴・ダウンロードができる。

投稿者 news : 2006年12月19日 11:14 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

SHAKA LABBITS

1999年に結成されたUKI・TAKE-C・Ba.KING・Dr.MAHからなる4人組のロックバンド。2000年1stシングル「OVERDOING」を発売。同年1stアルバム「EXPLORING OF THE SPACE」発売、インディーズでありながらオリコン初登場10位を獲得。ライブパフォーマンスには定評があり、ライブチケットは各地完売と入手困難なプレミアチケットとしても有名である。

投稿者 news : 2006年12月15日 18:27 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

175R (イナゴライダー)

1998年に、SHOGO・ISAKICK・KAZYA・YOSHIAKIの4人で結成されたロックバンド。2003年シングル「ハッピーライフ」でメジャーデビュー、続く2ndシングル「空に唄えば」と2作連続でオリコン1位を獲得する。その後も順調なセールスを記録し、同年のNHK紅白歌合戦に初出場した。交友関係が広く、その中でも同じロックバンドSHAKA LABBITSとは、インディーズ時代に共同制作で「STAND BY YOU!!」をリリースしている。

投稿者 news : 2006年12月15日 17:51 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

ゆず

ストリートミュージシャン出身の、北川悠仁・岩沢厚冶の二人からなるフォークデュオ。1997年、全曲路上レコーディングによるインディーズアルバム「ゆずの素」をリリース。1998年ミニアルバム「ゆずマン」でメジャーデビュー。同年リリースされた1stシングル「夏色」でブレイクした。さわやかな歌声や詩などから、老若男女問わず幅広い層から支持を得ている。また、19、コブクロなどと共に弾き語りの定番でもある。

投稿者 news : 2006年12月15日 15:32 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

GO!GO!7188

スリーピースロックバンド、東芝EMI・Capitol Music Co.所属。1998年、同じ鹿児島出身、高校の同級生、中島優美・浜田亜紀子が結成。翌年、ターキーが参加し2000年6月、マキシシングル「太陽」でデビュー。
楽曲の構成力・歌詞・メンバー個々の技術等が高く評価されており、10代~20代の男女層を中心に人気がある。2000年8月に発売された3ndシングル「こいのうた」は、代表曲ともなり現在でも若者を中心に支持を得ている。

投稿者 news : 2006年12月15日 15:03 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

TOKIO

城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏、長瀬智也から構成される、ジャニーズ事務所所属のバンド形態の男性アイドルグループ。1994年「LOVE YOU ONLY」でCDデビューする。2001年、シングル「メッセージ/ひとりっぼちのハブラシ」でデビュー7年目にして初のオリコン1位を獲得する。日本テレビ「ザ!鉄腕!DASH!!」では各メンバーが体を張った数多くの企画をこなし、老若男女の人気を確立した。

投稿者 news : 2006年12月15日 14:41 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

K ( ケイ)

1983年11月16日生まれ、本名カン・ユンソン。日本で活動する韓国人男性歌手。ソニーミュージックエンタテイメント所属。2004年、韓国でデビューするもヒットに恵まれず、同年秋、日本デビューに向けて初来日。2005年3月シングル「over...」で日本デビュー、TBSドラマ「H2」の主題歌に抜擢され、発売前から話題を呼ぶ。同年11月に発売された4ndシングル「Only Human」はフジテレビドラマ「1リットルの涙」の主題歌として起用され、ロングヒットを記録し20万枚を売り上げる。
心に響く声と、曲のイメージやルックスとは裏腹な親しみやすいキャラクターで、様々な音楽番組に出演し、大きな人気を呼んでいる

投稿者 news : 2006年12月15日 14:27 | カテゴリー: | コメント (0)

CHEMISTRY

男性デュオ歌手。テレビ東京のオーディション番組「ASAYAN」が行った男性ボーカリストオーディションで1万9100人の中から選ばれた、堂珍嘉邦・川畑要によって結成。2001年3月シングル「PIECES OF A DREAM」でデビュー、ミリオンセラーを達成した。同年11月に発売された初アルバム「The Way We Are」は300万以上の大ヒットとなり、男性ボーカルグループとしては史上最多のセールスを記録した。2001年で紅白歌合戦に初出場した際には、新人ながらその年の紅白最高視聴率をマークし、世間を驚かせた。近年、日本のR&B系男性ボーカリストを代表する存在で、20代の女性から多くの支持をえている。

投稿者 news : 2006年12月15日 13:54 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

レミオロメン

ビクターエンタテイメントに所属するスリーピースバンド。小・中・高の同級生で高校時代組んでいたバンドが、2000年再結成され、2003年3月ミニアルバム「フェスタ」でCDデビューし、同年8月シングル「電話」でメジャーデビューを果たす。2005年「粉雪」がドラマ「1リットルの涙」に挿入歌として起用され、初登場4位を記録。新たなファン層を開拓した。
季節感や情景をサウンドと歌詞によって表現するバンド。曲を聞くだけで、その風景が思い浮かび、思わずその中にひたってしまう。

投稿者 news : 2006年12月14日 16:27 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

MONGOL800

沖縄出身の男性3人組のロックバンド。略称は“モンパチ”。ライオンTOPのCMにて使用された「あなたに」が代表曲。2002年に発売されたアルバム「MESSAGE」がインディーズにしてオリコンアルバムチャート1位を獲得し、前代未聞の260万枚を売り上げた。「琉球愛歌」や「矛盾の上に咲く花」など、戦争・平和をテーマとした、沖縄らしい曲が多い。また2002年には「紅白歌合戦」の参加を依頼されるが、それを拒否した事も話題をよんだ。

投稿者 news : 2006年12月14日 15:46 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

KAT-TUN

2006年3月シングル「Real Face」でCDデビュー。初登場から3週連続首位を獲得し発売9週目にしてミリオンを達成した。続く「SIGNAL」でも初登場1位に輝き、初動売上40万枚を超えた。同年10月赤西が語学留学のため無期限に活動を停止する事を発表。しかし赤西抜きでレコーディングされた3ndシングル「僕らの街で」も初動売上は前作同様40万枚を突破した。
同時に、デビューから3作連続でも初動40万枚突破、及びアルバム・DVDも含めたデビュー年内5作目の首位獲得を達成し、双方史上初の快挙となった。

投稿者 news : 2006年12月14日 15:39 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤で構成される、ジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループ。1999年9月デビュー会見を行い、11月バレーボールワールドカップのイメージソング「A・RA・SHI」でデビュー。グループ内の年齢差が3歳以内というのはジャニーズでは珍しく、デビュー時の平均年齢は最小。Jrの時から個々でも人気かが高くデビュー前の握手会には約8万人のファンが殺到し話題となった。現在では、グループとしての音楽活動のほか、ソロ、俳優としても個々で活躍している。

投稿者 news : 2006年12月14日 14:20 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

椎名 林檎

1978年に生まれ、ロック歌手、シンガーソングライター。1998年、東芝EMIからシングル「幸福論」でデビューし、1999年シングル「本能」を100万枚を売り上げ幅広く認知されるようになった。2004年にソロ活動を停止しバンド「東京事変」として活動を開始する。
独特の世界観を持ち、複雑怪奇な詞に、巻き舌を織り交ぜながら歌う歌唱スタイルは、自称“新宿系”を名乗っている。熱狂的なファンも多く、10代後半から20代の女性にかけては広く支持を集めている。

投稿者 news : 2006年12月14日 12:15 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

大塚 愛

2003年9月10日、シングル「桃ノ花ビラ」でデビュー2ndシングル「さくらんぼ」がバラエティ番組「めちゃ2イケてるッ」で使われ大ヒットする。2ndアルバム「LOVE JAM」では初のオリコン初登場一位を獲得し、2004年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。
その歌詞や容姿、声などにも男性女性とわずファンは多く、歌手以外にもシンガーソングライター、女優、作曲家、イラストレーター、絵本作家など、多方面にわたり活躍している。

投稿者 news : 2006年12月14日 11:52 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

BUMP OF CHICKEN

1996年幼稚園からの幼なじみで結成。1999年ファーストアルバム「FLAME VEIN」をリリースし活動を本格化する。2000年「ダイヤモンド」でメジャーデビュー、翌2001年「天体観測」がヒットし、日本のロックシーンを背負って立つ存在となった。中でも作詞・作詞・ボーカルをつとめる藤原基央の存在感は大きく、このバンドを支えているといっても過言ではない。テレビへの出演は少ないがファンは多い。また発表曲も極端に少ないが、アルバムの中一曲一曲にいたり精錬されており多くのファンから大事にされている。

投稿者 news : 2006年12月14日 11:35 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

エキセントリック少年ボウイオールスターズ

1991年~1997年に放送された人気バラエティ番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』から誕生した単発グループ。
メンバーは、少年ボウイ(浜田雅功)、犬ドッグ(板尾創路)、鳥バード(今田耕司)、エテモンキー(ほんこん)、ニイハオ(東野幸治)、カーボウイ(松本人志)。
番組が打ち切りとなったためにお蔵入りしたキャラクター、猪ブタピッグ(木村祐一)もいた。
1997年に『「エキセントリック少年ボウイ」のテーマ』をリリースし、50万枚を売り上げるヒットとなった。作曲は主にアニメソングなどを手がける増田俊郎。
同年12月にはアルバム『ダウンタウンのごっつえぇ感じ 音楽全集~「エキセントリック少年ボウイ」のテーマ他全31曲~』を発売した。

投稿者 news : 2006年12月12日 18:55 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

矢野 顕子

1955年、東京生まれのシンガーソングライター。
医師である父親の開業に伴い3歳から中学までを青森で過ごした。ピアノを始めたのも青森在住中。
1971年、上京。父親の知人が経営するジャズクラブでセッションを披露し、注目を集める。
1974年、18歳の時にバンド"ザリバ"でシングルをリリースするも、直後に解散。
同年、矢野誠と結婚し、長男を出産。
1976年にアルバム「Japanese Girl」でデビュー。その後多くのCDをリリースし、シングル「春咲小紅」「ひとつだけ」やアルバム「峠のわが家」など、矢野色溢れる世界を確立していった。
1979年、矢野誠と離婚。
1980年、長女美雨を出産。父親である坂本龍一とは1982年に結婚。
その後ニューヨークに拠点を構え、コンサート、楽曲提供、映画音楽プロデュースなど幅広く音楽活動を展開。
2006年、坂本龍一との離婚を発表した。
同年8月には、デビュー30周年記念企画として自身が選曲・監修したアルバム「いままでのやのあきこ」をリリース。ベストCD2枚にクリップやライブの映像DVDをプラスしたファン必携の作品となった。収録曲は、『Sony Music Online Japan』などで視聴できる。
「エホバの証人」の信者。

投稿者 news : 2006年12月12日 18:14 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

YUI

1987年、福岡県出身のシンガーソングライター・女優。本名は非公開。
幼い頃から歌手になりたいとの希望があり、中学3年の時から歌詩を書き溜める。
高校を中退し、音楽塾"楽塾VOICE"に通い始める。ギターと作曲を学び、路上ライブで自作の曲を演奏するようになる。
2004年12月、地元の九州地方限定で『It's happy line/I know』をインディーズから発売。
同年のソニーミュージックグループ主催のオーディションで認められ、2005年にシングル「feel my soul」でメジャーデビュー。フジテレビ系ドラマ『不機嫌なジーン』の主題歌に起用され、注目された。2006年には1stアルバム「FROM ME TO YOU」を発表。
同年、映画『タイヨウのうた』で、難病と闘いながら歌手を目指す少女・雨音薫を演じ、女優デビュー。主題歌「Good-bye days」を"YUI for 雨音薫"名義でリリースし、映画・主題歌共にヒットとなった。
2007年1月には新曲「Rolling star」をリリース。これはテレビ東京系アニメ『BLEACH』のオープニングテーマとして10月から流れており、『Sony Music Online Japan』できるビデオクリップの視聴・試聴も既に人気を集めている。

投稿者 news : 2006年12月12日 17:42 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

bird

1975年、京都府出身のシンガーソングライター。
関西大学在学中にプロ歌手を目指し始める。
大阪のジャズクラブで歌っているところをスカウトされ、1999年、シングル「SOULS」でデビュー。
同年に発売したアルバム「bird」は70万枚を売り上げる大ヒットとなり、日本ゴールドディスク大賞新人賞を受賞した。
2002年、所属レーベルから独立。以後、作曲やプロデュースなど多彩な才能を発揮している。
2006年に第一子となる男児を出産した。

投稿者 news : 2006年12月12日 17:39 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

フジ子・ヘミング

ロシア系スウェーデン人の建築家ジョスタ・ゲオルギー・ヘミングと、日本人ピアニストの大月投網子のあいだにベルリンで生まれる。
5歳の時に帰国し、ピアノを学び始める。
青山学院高等部に在学中、17歳でデビュー・コンサートを開く。
父が亡くなった後も国籍はスウェーデンだったが、住んだ事がなかったために、18歳の時スウェーデン国籍を失う。
東京芸術大学卒業後、ピアニストとして本格的に活動し始める。
無国籍であるためパスポートが取れず、赤十字の認める難民として29歳でベルリンに留学。
その後もヨーロッパ各地で音楽活動を続けた。
しかしコンサート直前に風邪をこじらせ、聴力を失う。その後、治療の傍ら音楽教師の資格を得、ピアノ教師をしながらコンサート活動を続けた。現在では左耳のみ多少の聴力が回復している。
1995年に帰国。母校である芸大の上野奏楽堂で再起の舞台を飾る。
1999年2月に放送されたドキュメント番組『フジコ~あるピアニストの軌跡』が大反響を巻き起こし、CDが大ヒット。ゴールドディスク大賞、各賞のクラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
現在も国内外でコンサート活動をし、チケットは毎回すぐに完売している。
リストやショパンを得意とし、"リストとショパンを弾くために生まれたピアニスト"と称される。
また、ピアノの才能だけでなく、絵と版画の才能もあり、評価が高い。

投稿者 news : 2006年12月12日 17:10 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

上原 ひろみ

1979年、静岡県出身のジャズ・ピアニスト。現在はアメリカ在住。
6歳からピアノを始め、8歳でジャズに出会う。ジャズ好きなピアノ講師の影響もあり、小学校時代からアドリブ演奏をこなしていた。しかし楽譜を書くのは苦手で、他人が読めるような楽譜制作に苦労していた。
1993年、14歳にしてチェコフィルハーモニックオーケストラと共演する。
1995年、16歳の時にチック・コリアに招待され共演。称賛を受ける。
1999年、20歳で法政大学法学部を中退してボストンの音楽大学に留学。作編曲を学ぶ。
在学中に全米デビューを果たす。
音楽大学を主席で卒業後、日本でデビュー。国内では全くの無名だったが、TBS系『情熱大陸』への出演をきっかけに知名度をあげ、四大都市公演を成功させる。
ジャズ・アルバムとしては異例の10万枚を売り上げ、翌2004年の日本ゴールドディスク大賞で、ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
2005年に発売した3rdアルバム「spiral」はジャズディスク大賞日本ジャズ賞を受賞。ますます評価を高めた。
2006年にはDreams Come Trueとのライブ共演や、ミラノ・コレクションに出演、矢野顕子のアルバムへのレコーディング参加、「東京JAZZ2006」でのチック・コリアとの共演など活躍の幅を大きく広げ、更なる進化を遂げた。また、12月からの自身のツアーも、初日のチケットが即日ソールド・アウトしたほどの注目を集める。
ユニバーサルミュージックHP内“universal jazz”の彼女のページでは、曲の試聴が可能。

投稿者 news : 2006年12月12日 15:52 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

東儀 秀樹

1959年、東京都出身の雅楽(平安時代の宮廷音楽)演奏家。家族は奈良時代から世襲してきた樂家。
父親の仕事のために幼少期を海外で過ごし、あらゆるジャンルの音楽を聴いて育つ。
高校卒業後、宮内庁樂部に入部する。
宮内での儀式や皇居での演奏会の他、海外でもコンサートやイベントに参加。
1996年、アルバム「東儀秀樹」でデビュー。
古典芸能として人々に馴染みの薄かった雅楽を現代音楽と融合し、一般の人にその美しさを広めた。ピアノやエレクトーン用の楽譜も好評である。
現在は宮内庁を退職し、音楽活動やテレビ番組・CM出演などフリーで活躍している。
8年連続で正月公演を開いており、2006年の「新春コンサート~天平彩華~」も高評価を得た。
『Listen Japan』や『mora』等音楽配信サイトで試聴が可能。

投稿者 news : 2006年12月12日 15:44 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

19

共に広島出身の岡平健治、岩瀬敬吾とイラストレーターの326とで結成されたネオフォークデュオ。1998年「あの青をこえて」でデビュー、1999年2ndシングル「あの紙ヒコーキくもり空わって」でブレイク。シングル3ndシングル「すべてへ」以後326は脱退。その後もヒット曲を出し続けるが、2002年3月、人気絶頂時に互いの音楽性を尊重するために解散した。その後もCDTVの再結成して欲しいアーティスト1位に輝くなど、人気は衰えない。現在、けんじは3B LAB.☆Sとして、敬吾はソロシンガーとして音楽活動を続けている。

投稿者 news : 2006年12月12日 15:39 | カテゴリー: | コメント (0)

ハナレグミ

SUPER BUTTER DOGのボーカル・永積タカシのソロユニット。
2002年、シングル「家族の風景」、アルバム「音タイム」をリリース。バンドと並行してソロ活動を開始した。
日常をやさしく綴る歌詞と、心地よく響く温かいサウンドで注目を集める。
アコースティックギターを全面に押し出した楽曲が多く、その楽譜もギタリストに人気である。
小泉今日子、birdらに楽曲提供をする他、東京スカパラダイスオーケストラのゲストボーカルを務めるなど、数々のアーティストとのコラボレーションに参加。自身の野外ライブも精力的に行っている。
また、CMナレーションを数多く担当し、資生堂uno、資生堂TISS、トヨタヴィッツ、チロルチョコなどのCMでその声を聞くことが出来る。
また、現在永積はオオヤユウスケ、原田郁子と組んだユニット“ohana”(それぞれの頭文字をとった「おはな」)としても活動中。
『mora』等の音楽配信サイトで試聴可能。

投稿者 news : 2006年12月12日 15:03 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

ゴンチチ

ゴンザレス三上とチチ村松の二人からなるインストルメンタル・アコースティックギター・デュオ。
1983年、アルバム「ANOTHER MOOD」でデビュー。
「放課後の音楽室」など、聴く人を和ませる優しいサウンドを奏でる。"地球一番快適音楽"と評され、多くのテレビ番組やCMなどに起用されている。
2004年、柳楽優弥が最優秀男優賞を受賞し、話題となった映画『誰も知らない』の音楽も担当した。
これまで3枚のベストアルバムを発売している。
アコギだけでなくウクレレによる作品も発表しており、ウクレレ用楽譜の監修なども手がけた。
音楽配信サイト『MOOCS』では最新作「我流一筋」を含め全曲試聴可能。着メロ配信でも安定した人気を得ている。
また、音楽活動のかたわら、ゴンザレス三上はCG・グラフィックデザインで、チチ松村はエッセイ等の執筆で、それぞれ独自の活動を展開している。
年末年始は精力的にコンサート活動を行う。

投稿者 news : 2006年12月12日 14:54 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

coba

1959年、長野県出身のアコーディオン奏者。本名は小林靖宏。
3歳の頃から音楽を学び、小学4年の時、父親から誕生日プレゼントとしてアコーディオンをもらい、弾き始める。
1978年、イタリアに留学し、ベネチアにある音楽院のアコーディオン科で学ぶ。
その後、国内外の数々のコンクールで優勝する。
1991年、アルバム「シチリアの月の下」でデビュー。日本レコード大賞特別賞を受賞した。
日本テレビ系「おしゃれカンケイ」のテーマ音楽をはじめ、多くのテレビ番組・映画音楽を手がける。
ヨーロッパ各国でCDをリリースしチャートの1位を獲得するなど、世界の音楽シーンの第一線で活躍するアーティスト。
『Listen Japan』や『mora』等の音楽配信サイトで試聴可能。

投稿者 news : 2006年12月12日 14:23 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

DEPAPEPE

徳岡慶也と三浦拓也の二人からなるインストゥルメンタルのアコースティックギター・デュオ。共に兵庫県神戸市出身。
2002年に結成し、路上ライブを中心にインディーズで活動。
2005年、アルバム「Let's Go!!!」でメジャーデビューを果たす。オリコンチャートのベスト10入りというインスト・アーティストのデビュー曲としては日本史上初の快挙を達成した。
2006年にはアニメ「ハチミツとクローバーII」の挿入歌を手がけたり、ビリー・ジョエルのトリビュートアルバムに参加するなど、精力的な活動を展開している。
2本のアコギのみで、アコースティックならではのせつないメロディーから軽快なサウンドまで豊かな音楽を奏でる。

投稿者 news : 2006年12月12日 14:13 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

中村中

1985年、東京都生まれのシンガーソングライター。中村中(なかむらあたる)は本名と一緒。
戸籍上の性別は男性だが、プロフィールには性別は掲載していない。
幼い頃から歌が好きでよく歌っていたが、声変わりしていく自分の声に嫌気がさし、ピアノにその思いをぶつけるようになった。15歳の頃から作詞作曲を始め、高校生の時は路上ライブで音楽活動を行っていた。
インディーズ時代を経て、2006年、自身の21歳の誕生日にシングル「汚れた下着」でメジャーデビューを果たす。
同年8月、舞台「Radiogenic リーディング・スペクタクル」に出演し、舞台女優としてもデビュー。
9月、インディーズ時代に発表した「友達の詩」を”2ndシングルとしてリリース。10月に放送の日本テレビ系ドラマ「私が私であるために」に性同一性障害の役で出演。同時に自身も性同一性障害であることをカミングアウトし、話題となる。
Web上の音楽配信と有線放送のみで発表した「愚痴」も、キャン有線問い合わせランキングで3位に入るという注目度の高さである。
独特の完成で書かれる歌詞と心に染み入るような力強い歌声で、人気を集める。

投稿者 news : 2006年12月12日 12:48 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Chick Corea

1941年、アメリカ マサチューセッツ州出身のピアニスト・作曲家。
ジャズ・トランペッターである父親の影響を受け、4歳からピアノを始める。高校卒業後はジュリアード音楽院に進学。
その後、マイルス・デイビスなどとの共演を経て実力を上げていく。
1970年、アンソニー・ブラクストンと組み、Circleを結成。
1971年、アル・ディメオラ(ギター)、スタンリー・クラーク(ベース)と共にジャズバンドReturn To Foreverを結成。数々の名曲を生み出し、トップアーティストとしての地位を確立する。特に、チックの作曲した「Spain」は彼の代表作であり、現在でもジャズのスタンダードナンバーとして非常に多くのミュージシャンがカバー・演奏している。楽譜もジャズバンド、ギター、ピアノ用など数々のバージョンがある。
その後も、チック・コリア・エレクトリックバンドやオリジンなど、ソロ活動以外にも精力的なバンド活動を展開する。
自身の音楽も、ラテン色の強いフュージョン、ロックを基調にしたジャズ、クラシック・テイストを含んだジャズと幅広く変容していき、現在はフュージョンに複雑にアレンジした楽節を融合させた新しいサウンドを発表。また、変拍子を駆使した楽曲も多く、熟練の妙技を見せつけている。
楽曲は『ListenJapan』等の音楽配信サイトで試聴可能。

投稿者 news : 2006年12月12日 12:11 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Every Little Thing

1996年、持田香織(ボーカル・作詞)、伊東一朗(ギター・作曲)、五十嵐充(キーボード・プロデューサー)の3人でデビュー。
翌年、3rdシングル「Dear My Friend」がヒットし、その後発売した「everlasting」はデビューアルバムにしてオリコンチャート1位を獲得。一躍人気アーティストとなった。
馴染みやすいメロディーと、飾らない歌詞が特に10代・20代女性の人気を集め、その後もヒット曲を多数生み出す。
1998年にリリースした「Time goes by」の売上はミリオンを突破。現在でも女性が歌うカラオケの定番曲となっている。
2000年、プロデュース活動に専念するため五十嵐が脱退し、現在は2人で活動。作詞は全て持田が手がけている。
2006年、デビュー10周年記念に、これまでリリースした全32曲のビデオクリップを期間限定で公開するサービスを行い、ほとんど公開されることのなかった「恋文」の秘蔵ビデオクリップなどで話題を集めた。

投稿者 news : 2006年12月12日 11:37 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

森田 童子

1952年、東京都出身のシンガーソングライター。
20歳の時、友人の自殺をきっかけに歌い始める。
1975年、現在も人気のある「まぶしい夏」などを収録したアルバム「グッドバイ」、そしてシングル「さよならぼくのともだち」でデビュー。ライブ活動を中心に活躍する。
活動の際は必ず黒のサングラスをかけており、引退までほとんど素顔を明かさなかった。
7枚のアルバムを残し、1983年、新宿ロフトでのライブを最後に活動を休止。
1993年にTBS系ドラマ『高校教師』の主題歌として「ぼくたちの失敗」が起用され、話題になる。
その後、ベスト盤とCD化したオリジナルアルバムが発売され、活動していた当時以上の人気を集める。
しかし、本人は専業主婦として生活しており、ファンの望む活動再開は果たされなかった。
2003年にリメイクされた『高校教師』でも、主題歌に再び「ぼくたちの失敗」が使われた。
楽曲の試聴やダウンロードも各音楽配信サイト等で可能。
厭世的な歌詞と見事にマッチした、彼女の細く透明感溢れる歌声は、時代を超えて人々の心に響く。

投稿者 news : 2006年12月06日 18:23 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

伊秩 弘将

1963年、東京都出身の音楽プロデューサー・作曲家・作詞家。
1987年、渡辺美里の「It's Tough」で作曲家デビュー。
1988年、森高千里のデビュー曲「NEW SEASON」で作詞家デビュー。
1989年、「アンブレラストーリー」でシンガーソングライターとしてデビュー。
大人気グループSPEEDを、1996年のデビューから2000年の解散まで全曲プロデュースし、その名を世間に広めた。
元SPEEDの今井絵理子や新垣仁絵が出演したTBS系ドラマ『L×I×V×E』のテーマ音楽も担当。このドラマは、主題歌も伊秩が作詞作曲した「SHOOTING STAR」(八反安未果)、劇中歌にも伊秩のプロジェクトユニット・The Gardensの「約束の場所へ」が使われており、伊秩ワールドが満載のドラマであった。
ちなみに、高橋克典と仲間由紀恵がユニットを組んでリリースし話題となった「愛してる」は、伊秩が作詞作曲したThe Gardensの「Believe」に秋元康が新しく詞をつけてカバーした曲である。
その後もソロ・アーティストとなったhiroや今井絵理子、最近では上戸彩やKinki Kidsなど数々のアーティストに楽曲を提供している。

投稿者 news : 2006年12月06日 18:06 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

服部 隆之

1965年生まれの作曲家。
1983年に渡仏、パリ国立高等音楽院に入学。
1988年に同院を修了し、帰国してからはポップスからクラシックまで幅広い音楽を手がける。2006年には初の吹奏楽曲「碧空」を発表。楽譜も多数販売されている。
2005年には山崎まさよしとコラボレーションし、“山崎まさよしmeets服部隆之とラッシュストリングス”名義で「WITH STRINGS」を発表。山崎の楽曲をストリングアレンジして話題を呼んだ。
数多くのサントラを手がけており、主な作品には、
(ドラマ)フジテレビ系『王様のレストラン』『HERO』、『のだめカンタービレ』、NHK大河ドラマ『新撰組!』
(映画)『GTO』『ラヂオの時間』『電車男』
(ゲーム)『I.Q.インテリジェントキューブ』『三国志V』
など。これらの試聴・着メロダウンロードも人気が高い。
祖父は服部良一、父は服部克久。共に作曲家である。

投稿者 news : 2006年12月06日 17:49 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Sony Rollins

ニューヨーク出身のジャズ・テナーサックス奏者。マイルス・デイビスをはじめとして「ジャズの巨人(ジャズ・ジャイアント)」と称えられる中の最後の一人である。
11歳の頃からアルトサックスとピアノを始め、高校時代にテナーサックスに転向。プロとして活動をするようになる。
ロリンズは引退までに2度失踪し活動を休止している。いずれも"自分の音楽を見つめなおす為"の期間であり、その間は人気のない橋の下などで練習に励んでいた。
復帰第1作目の「橋」は、自信に満ち溢れた新しい彼の音が聴ける作品である。
その他にも「サキソファン・コロッサス」「ウェイ・アウト・ウエスト」「ニュークス・タイム」など数々の名盤を残した。70年代にはフュージョンを織り交ぜた演奏も行い、新たな客層も惹きつけた。
2005年、最愛のルシール夫人の死去をきっかけに引退。ラストライブは大阪の厚生年金会館で行われた。

投稿者 news : 2006年12月06日 17:24 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Keith Jarrett

1945年、アメリカ・ペンシルバニア州生まれのジャズ・クラシックピアニスト。
3歳からピアノを学び、7歳の時には既に地元で自作曲のリサイタルを開くほどの腕前だった。
1970年、マイルス・デイビスのバンドに参加。オルガンやエレクトリックピアノを主に担当した。
バンド脱退後は楽譜なしの完全即興ピアノ・ソロ・コンサートを数多くこなし、その完成度の高さで地位を確立。
1983年にゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットとトリオを結成。このトリオはジャズ・グループとしては珍しく20年以上にわたって活動を続けている。
90年代後半から、病気の為活動を休止していたが、2000年頃から再開した。
クラシックに関しては、バッハやヘンデルといったバロック期の作品や、モーツァルト、ショスタコーヴィチの作品を演奏した。
中腰でピアノと向かい合い、時には取り憑かれたような唸り声を発する演奏姿が特徴的。

投稿者 news : 2006年12月06日 16:08 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Herbie Hancock

1940年、アメリカ・イリノイ州出身のジャズピアニスト・キーボーディスト。
7歳の時にピアノを始め、わずか11歳で地元シカゴの交響楽団とモーツァルトのピアノ協奏曲で共演した。
1962年にブルーノートから初リーダー作品「Takin' Off」を発表。その中に収録された「WATERMELON MAN」が大ヒットした。
翌年からマイルス・デイビスのクインテットに参加、数々のアルバムに貢献する。
1970年代からは、電子楽器を取り入れ、ポップス・ジャズ・フュージョンが融合する斬新なエレクトリックな楽曲も世に送リ出した。
独自の理論解釈で緊張感のあるサウンドを生み出し、多くの傑作を生み出した。
天才ジャズ・ミュージシャンとフランス人の友情を描いた映画『ラウンド・ミッドナイト』で音楽を担当。アカデミー作曲賞を獲得。また、ハンコックはこの映画にミュージシャンの一人として出演している。
親日家としても有名で、頻繁に来日している。1996年に河口湖で開催されたジャズフェスティバル
にもゲスト参加した。
ピアノソロなどの楽譜も多数出版されている。

投稿者 news : 2006年12月06日 15:40 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Thelonious Monk

叩くようなタッチと不協和音、独特な間のあるリズムを刻む演奏をする超個性派のジャズ・ピアニスト・作曲家。
1917年、アメリカのノース・キャロライナ州で生まれ、その後まもなくニューヨークへ移住。
既に習っていた姉の影響で6歳の頃からピアノを弾き始めた。
学生時代は、教会でのオルガン弾きやパーティでのピアノ弾きなどを請け負っていた。
高校中退後、福音伝道者と共に全米を回った後、ニューヨークに戻りジャズ・ピアニストとして活動し始める。・
その頃から「Straight No Chacer」など多くの名曲を生み出したが、異端だった彼のピアノはなかなか人々に受け入れられなかった。
それでも徐々にその名を広めていき、1956年、ジャズ史に残る名盤「bulliant corners」で高い評判と人気を得た。
1961年、ついにメジャーレーベルと契約し、ジャズ界の巨匠として国内のみならず海外でも活躍した。
しかし、以前から患っていた精神病の悪化が止まらず、1982年に脳内出血で死去するまでの数年間は誰とも口を利かずに過ごしたという。
1998年、フレッド・ハーシュが「セロニアス~モンクに捧ぐ」と題したカバーアルバムを発表した。
2007年には「セロニアス・モンク・イン・イタリー」が発売される。

投稿者 news : 2006年12月06日 14:59 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Duke Ellington

20世紀のアメリカを代表するジャズピアニスト・オーケストラリーダー・作曲家。
1899年、アメリカのワシントンD.Cでホワイトハウスの執事の息子として生まれる。
小学校時代からピアノを始め、1916年、ピアニストとしてデビュー。
その後、ニューヨーク・マンハッタンのジャズクラブ『コットン・クラブ』とバンド契約し活躍した。
1930年代から、現代のスタンダードナンバーとして有名な「A列車で行こう」「スイングしなけりゃ意味ないね」「サテン・ドール」など数々の名曲を生み出し、デューク・エリントン楽団は世界中で成功を収めた。
彼が影響を与えたアーティストも数多く、その中の一人であるスティーヴィー・ワンダーは彼に捧げた「Sur Duke」という曲を残している。

投稿者 news : 2006年12月06日 12:45 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

MY LITTLE LOVER

Akko(ボーカル)と小林武史(キーボード・プロデューサー)のユニット。
デビュー当時は、Mr.Childrenやサザン・オールスターズなどを手がける小林プロデュースの下、Akkoと藤井謙二(ギター)の2人組として活動していた。
1995年、シングル「Man & Woman」でデビュー。
同年、サードシングル「Hello,Again~昔からある場所~」が100万枚を突破する大ヒットとなる。
ファーストアルバム「evergreen」から小林キーボードとして加入した。
1996年、Akkoと小林が結婚。
その後、Akkoの出産の為など活動休止と再開を繰り返し、2002年に藤井が脱退。
小林・Akko夫妻で活動を続ける。
2006年11月、Akkoのソロプロジェクトとして活動開始。2004年4月に発売された「深呼吸の必要」以来、約2年半ぶりとなるシングル「り・ぼん」をリリースした。

投稿者 news : 2006年12月06日 12:23 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

安藤 裕子

1977年、神奈川県生まれのシンガーソングライター。
映画関係の仕事を目指していたが、勉強の為にと受けた舞台のオーディションで歌唱力が評価され、曲を書き始める。
2005年に『月桂冠つき』のCMソングに「のうぜんかつら」が起用され、注目を集める。その後アルバムが初めてオリコンチャートTOP10に入った。
歌手としての活動の他、女優としてTBS系ドラマ「池袋ウェストゲートパーク」や映画「催眠」などに出演。
同世代の女性からの支持を集め、モデルとしても活躍している。
2005年に発売された携帯電話HITACHI W32H(au)のイメージキャラクターを務め、CMに出演した他、日立の携帯電話サイト内で彼女の壁紙ダウンロードやCMメイキングの公開などのサービスコンテンツが作られた。
絵を描くのも得意とし、自身のCDジャケットを手がけるなど幅広く才能を発揮する。
市川崑監督の金田一耕介シリーズが好きで、尊敬する人は横溝正史。2006年映画「犬神家の一族」の公開に伴った雑誌の企画で、市川監督との対談・インタビューを果たした。

投稿者 news : 2006年12月06日 12:16 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

溝口 肇

1960年、東京都出身の作曲家・チェリスト。
テレビで見た世界的指揮者・ピアニストのカラヤンに影響を受け、3歳でピアノを始める。
11歳の時にチェロを始め、東京芸術大学音楽学部器楽科でチェロを専攻する。
大学卒業後はスタジオミュージシャンやライブのサポートメンバーとして活躍。
1986年、「Halfinch Dessert」でソロデビュー。以降、クラシックを中心にポップス・ロックなど幅広いジャンルで作曲活動をする。映画やテレビ番組のテーマ音楽も数多く担当。
主な作品には、テレビ朝日系『世界の車窓から』、日本テレビ系ドラマ『星の金貨』やTBS系ドラマ『ビューティフルライフ』、映画『東京タワー』(2004年)など。
自身のコンサートも開いている。
2005年には、「青春の輝き」「ミスター・ロンリー」などを収録した初のカバー・アルバムを発売。
多重録音を駆使し、独自のヒーリングミュージックを生み出す。そのサウンドと演奏する姿は繊細かつ優雅で、特に女性の人気を多く集める。楽譜も多く出版されており、楽器問わず人気である。
しかし彼が癒し音楽を作り始めたのは、交通事故でむち打ち症になった時に苦しみから逃れようとしたのがきっかけだという。
妻は作曲家の菅野よう子。

投稿者 news : 2006年12月05日 18:42 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

orange pekoe

藤本一馬(ギター・作曲・アレンジ・プログラミング)とナガシマトモコ(ボーカル・作詞)の二人からなるユニット。
共に兵庫県出身。関西学院大学の軽音楽部で出逢い、1998年に結成。
2000年から関西を中心にライブ活動を開始する。
2001年、ミニアルバム「orange pekoe」でインディーズデビュー。
2002年、化粧品のCMソングに起用された「やわらかな夜」で人気を拡大し、同年「Happy Valley」でメジャーデビューを果たす。
ジャズにボサノバやソウルなどを融合させた"オレペコ"独自のおしゃれなサウンドを奏でる。ナガシマの書く温かい歌詞も人気要因のひとつ。
ライブイベントにも積極的に参加し、矢野顕子、佐藤竹善らと共演するなど多くのアーティストとの交流を深める。
イラストレーターのカンバラクニエと旧知の仲で、カンバラのイラストをCDジャケットに起用している。

投稿者 news : 2006年12月05日 17:04 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

佐橋 俊彦

1959年、東京出身。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。
CBSソニー主催「ニューアーティスト・オーディション1988」で、最優秀アーティスト賞およびクリスティンリード賞を受賞。
数多くの映画・ドラマ・アニメ・ミュージカル等テーマ音楽を担当し、クラシックからロックまで幅広いジャンルの楽曲を制作する。
主な作品には、
(映画)『キューティーハニーフラッシュ』『プラトニック・セックス』『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』
(ドラマ)『救命病棟24時』『明日があるさ』『恋におちたら~僕の成功の秘密~』
(特撮作品)『ウルトラマンガイア』『仮面ライダークウガ』『仮面ライダーアギト』『ウルトラマンメビウス』
(アニメ)『こちら葛飾区亀有公園前派出所 』『機動戦士ガンダムSEED』『りぜるまいん』『シムーン』
など。『救命病棟24時』の「心の扉」や『機動戦士ガンダムSEED』の「明日への扉」などは一般にも人気である。
東京ディズニーランドのショー・パレード音楽や、NHK紅白歌合戦のオープニング曲などを手がけたこともある。

投稿者 news : 2006年12月05日 16:43 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

葉山 拓亮

1974年、熊本県出身の音楽プロデューサー。
3歳からピアノとバイオリンを始め、小学生の頃から作曲を始める。高校卒業時には既に500曲を作っていた。
1997年にD-LOOPを結成、作詞・作曲・アレンジとキーボードを担当する。
1998年、D-LOOPが活動を一時休止。その後はhiro、w-indsら数多くのアーティストに楽曲提供する。
2004年にD-LOOPの活動を再開。
2005年には元LUNA SEAのRYUICHI、INORANとTourbillon結成。

投稿者 news : 2006年12月05日 16:06 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

Elisha La'Verne

1971年、イギリスで生まれた。父親はドミニカ人、母親はバルバドス人。
幼い頃からブラックミュージックを聴いて育ち、学生時代は様々なバンドグループで音楽活動する。
『踊る大捜査線』主題歌「Love Somebody」で織田裕二と共演し日本でも有名なマキシ・プリーストの目に留まり、1994年にマキシの持つレーベルDUGOUTから「I Like What You Do To Me」をリリース。これがロンドンを中心にヒットし、日本でも注目を集める。
また、同曲を手に入れたavexのA&Rディレクターが手に入れ、エリーシャの日本進出が本格的に始まった。
1996年、デビューアルバム「Her Name Is...」をリリース、大ヒットを収めた。
その後も数々のヒット曲を生み出し、日・英・米の三カ国に渡って人気を集める。

投稿者 news : 2006年12月05日 15:30 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Kylie Minogue

1968年、オーストラリア メルボルン生まれ。
11歳から女優として活動。
19歳の時、「オーストラリアで最も人気のある女優賞」を受賞した。
同じ頃、「The Locomotion」のカバーで歌手デビュー。この曲がオーストラリアで7週連続1位という記録を達成し、全米でも80年代のセールスTOP5に入る大ヒット曲となった。
イギリスのレーベルPWLレコーズと契約し、「Lucky Love」で全英デビュー。これも全英5週連続1位を獲得、日本でも洋楽チャート12週連続1位となるなど10カ国でナンバーワンを達成。記録的大ヒットとなる。
自ら曲作りに参加したいという希望を叶える為、レコード会社を移籍。しかし、人気は一時期低迷した。
2000年、新たにEMIと契約し、それまでの彼女とは違う大人の魅力を引き出したアルバム「Light Years」を発表。全英チャート1位を獲得し、見事な復活を遂げる。
2005年に乳癌が発覚したが、早期発見だったこともあり半年で治療に成功した。

投稿者 news : 2006年12月05日 14:53 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

Stevie Wonder

1950年、アメリカミシガン州で生まれた黒人アーティスト。保育器内の過量酸素が原因で、生後まもなく失明。
1961年、モータウン社長の前で歌い演奏したことがきっかけでレーベル契約し、その2年後、12歳にしてデビュー。全米でヒットし、一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。
クラビネットを演奏することが多いが、シンセサイザーやピアノなど鍵盤楽器の他、ドラムやギターも演奏するマルチプレイヤーである。
1970年、モータウンの元秘書で歌手のシリータ・ライトと結婚するも、1972年に離婚。
1973年、交通事故に遭い、味覚と嗅覚を失う。懸命なリハビリを経て、ほぼ完全に回復。
その後、慈善活動や平和活動に力を注ぐようになり、公民権運動指導者マーチン・ルーサー・キング牧師に敬意を表した曲なども発表した。
日本でもCMソングに彼の曲が使われることは多く、トヨタ・ノアのCMに「Sir Duke」、TDKのCMに「心の愛」、キリン・FIREのCMに「To Feel the Fire」など。

投稿者 news : 2006年12月05日 12:45 | カテゴリー: 洋楽 | コメント (0)

スガ シカオ

1966年、東京都出身のシンガーソングライター。
本名は同じ読みで「菅 止戈男」。
二浪した後東京経済大学経済学部に入学。卒業後は4年間、製作会社でサラリーマンとして働く。
1997年、30歳の時「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャーデビューを果たす。
セカンドシングル「黄金の月」がオリコン・シングルチャートにランクイン。
その後もシングル・アルバム共にヒットを生み出し、注目を集める。
楽曲提供したアーティストも多く、作詞を手がけたSMAPの大ヒット曲「夜空のムコウ」は自身でもアルバム「Sugarless」の中でセルフカバーしている。
杏子や山崎まさよしと結成し、スキマスイッチ、元ちとせ、COILも加わったバンド「福耳」でも活躍。
2006年も、TBS系アニメ『XXXHOLiC』のOPテーマ「19才」、映画『デスノート』挿入歌「真夏の夜のユメ」、積水ハウスCMソング「午後のパレード」と精力的にCDリリースを行っている。
2001年に7歳年下の女性と極秘結婚していた。

投稿者 news : 2006年12月05日 11:38 | カテゴリー: 邦楽 | コメント (0)

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